姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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 ロシアの原子力潜水艦「カザン」とフリゲート艦「アドミラル・ゴルシコフ」がカリブ海のハバナに入港しました。米国ホワイトハウスは、原子力潜水艦ではあっても原子力潜水艦発射の核弾頭を搭載していないと発表しましたが、ニュース番組などは、キューバ危機の再来と伝えています。

 YouTubeなどでも、元国際連合大量破壊兵器廃棄特別委員会主任査察官のスコット・リッターや経済学者のジェフリー・サックスといった多くの著名人が第3次世界大戦に近づきつつあると警戒を露わにしています。危機を煽りすぎるのは問題ですが、今回の原子力潜水艦のハバナ入港は、米国に対するロシア側のメッセージがどこにあるのか、それは西側世界へのプーチンの逆襲の始まりなのかどうか、目が離せません。今後、地上戦でNATOが踏み込む事態やバルト海や黒海に米軍の艦隊が迫ってくれば、対抗措置としてキューバやカリブ海など、米国の「裏庭」(バックヤード)にロシアの原潜が睨みを利かすことになりかねず、キューバ危機以上の事態になりかねません。

 さらに気になるのはプーチン大統領の24年ぶりの訪朝で、北東アジアでもプーチンの地政学的な巻き返しが始まりそうなことです。ロ朝間の「戦略的パートナーシップ」の確立は、朝鮮半島の戦略的バランスと安定に甚大な影響を与えることになりかねず、さらには米中対立を背景とする「台湾問題」にまで波紋が広がることになりそうです。

 また、プーチン氏の次の訪問先のベトナムでロ越両国がどんな新たな関係樹立を闡明(せんめい)するのか、注目されるところです。微妙な関係にある中越両国が、ロシアの仲介により関係を深めていく可能性もありますし、それはまた、南シナ海を含めた海域での米中の鍔迫り合いに影響を与えそうです。

 朝越両国への訪問は、アジア太平洋地域への進出を睨んだプーチン氏の巻き返しの一環であると言えるでしょう。いよいよ米国の「裏庭」である中南米やアジア太平洋地域を巻き込んだプーチン氏の逆襲が始まりそうで、これに対する対応を過てば世界的な規模の紛争や戦争になりそうです。世界はいま、危うい地点にあると言えます。

AERA 2024年7月1日号