松井稼頭央監督が休養し、渡辺久信GMが監督代行に就任した西武。渡辺代行といえば、2008年から13年までの西武監督時代の“ぶち切れシーン”の数々を覚えているファンも多いはずだ。
【写真】現役引退後に「キャラ激変」したレジェンドといえばこのひと
監督就任早々、親子ほども歳が違う王貞治監督相手に口角泡を飛ばして舌戦を挑んだのが、08年4月30日のソフトバンク戦だ。
ソフトバンクの先発・大隣憲司は3回まで西武打線をパーフェクトに抑えていたが、4回、先頭の片岡易之に同点ソロを被弾、1死後、中島裕之にも勝ち越しソロを献上すると、突然乱調となり、ブラゼル、GG佐藤に連続死球。西武は前日のソフトバンク戦でも2死球を食らっているとあって、大久保博元コーチが「昨日から何個目だ」と声を荒げると、捕手・山崎勝己が睨み返してきた。
これを見た渡辺監督は鬼の形相でベンチを飛び出し、山崎に詰め寄った。その場はそれで何とか収まったが、5回にも先頭打者・細川亨が大隣からこの日チーム3つ目の死球を受けたことから、両軍ナインが飛び出し、あわや乱闘の騒ぎに発展する。
王監督は謝罪しつつも、「誰も当てたいわけじゃない。先頭打者への死球なんて(故意では)絶対にない」と説明し、「死球も野球のうち。若い投手だし、試合で練習させなきゃいけないんだ」と言ってなだめようとしたが、渡辺監督は納得しない。「逆の立場ならどうなんですか。練習なら2軍でやってほしい。1軍の神聖なマウンドで投げさせないでください」と言い返した。
“球界のレジェンド”に物怖じすることなく、きつい言葉を連発する指揮官に、大久保コーチは後年、ゲスト出演した橋上秀樹氏のYouTubeで「もうダメだ、オレ、隠れようと思った」と述懐している。
同じく死球をめぐって、当てられた選手以上にヒートアップしたのが、2011年7月11日のオリックス戦だ。
8対1とリードした西武は6回2死二塁、3番・中島裕之が高宮和也から左脇腹に死球を受けたことに激高。バットを放り投げて、マウンドに突進した。