東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 6月1日の朝、靖国神社の石柱に落書きが発見された。前後して、中国人男性が石柱に放尿するしぐさをしたあと、赤いスプレーで「トイレ」と書く動画が拡散した。犯人の顔もしっかり映っていた。

 投稿は中国のSNSに行われたが、動画は国内でも大きな反響を引き起こした。犯人確保に対して多額の賞金を出すインフルエンサーも現れ、都内の地下鉄で発見したとの情報も駆け巡った。しかし実際は犯行5時間後には出国していたらしい。無事帰国し祝杯をあげる犯人の映像も流れており、それもまた憤激を買っている。

 靖国神社は日本を代表する宗教施設。トイレに見立てるのは明らかな挑発で、怒りが広がるのは当然のことだ。

 とはいえ行為自体は幼稚で必要以上に騒ぎ立てるべきではない。最近よくある「迷惑系」の犯罪のひとつとして、粛々と対応すべきだ。

 なぜならそのほうが模倣犯の抑止となるからだ。犯人は一部で英雄扱いらしい。日本のマスコミに嬉々として出演し、落書きは「核汚染水」(福島第一原発処理水)放出への抗議だったと語っている。中国外務省もそれに乗っている。3日の記者会見では、自国民に現地法令の遵守を求めるだけでなく、靖国神社の背景を疑問視する発言も出た。落書きに政治的意図があったと言わんばかりだ。そのような扱いは追随者を生み出すだけだろう。

 むろん真剣な政治的抗議には対応すべきだ。しかし迷惑系インフルエンサーが持ち出す政治の話題は割り引いて聞く姿勢がある。いまのSNSでは、政治の話は人集めと金集めの効率のいい「ネタ」でしかない。距離を取らないと目立ちたがり屋に振り回される。それは国内でもガーシー騒動や東京15区の混乱で明らかになった。その点で今回、日本でも中国でも、犯人批判の冷静な声が少なからず出ているのは好ましい。

 今回の事件でひとつ教訓があったとすれば、犯人が直後に出国し罪に問えなかったことだろう。観光客の増加はすでに社会問題になっている。今後似たような「即出国でやりにげ」の犯罪が増えるのだとすれば、対策を考えねばならない。

AERA 2024年6月17日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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