『NEW YORK』George Russell
『NEW YORK』George Russell
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 1988年は前年から3組、微増ではあるものの126組が来日した。多くが好景気を感じ始めたとされる同年からバブル絶頂の1990年までにはまだ間があったわけだが、ジャズ・ミュージシャンの凄まじい来日ラッシュは早くも絶頂を迎えていたように映る。32組のフュージョン/ワールド/ニュー・エイジ系が首位を守り、30組の新主流派/新伝承派/コンテンポラリー系、26組の主流派、21組のヴォーカル、8組のフリー、各4組のスイング・ビッグバンドとモダン・ビッグバンド、1組のディキシー系が続く。サマー・ジャズ・フェスティヴァルは「ライヴ・アンダー・ザ・スカイ」「ニューポート・ジャズ・フェスティヴァル・イン・斑尾」「マウント・フジ・ジャズ・フェスティヴァル」などの35フェスが開催され、前年の記録を2万人も上回る27万人あまりを動員した。「富士通コンコード・ジャズ・フェスティヴァル・イン・ジャパン」が3年目を迎える。

 作品は前年から6作、約15%減の33作が発表/録音された。2作はスタジオ録音とライヴ録音からなる。重複するがそれぞれに数えると、スタジオ録音は前年の15作から3作増しの18作で、日本人との共演は12作、8作は和ジャズだ。ライヴ録音は前年の24作から7作減の17作で、日本人との共演は10作、7作は資格外の和ジャズなので候補が10作しかなく心細い。幸い、チーム打率が低いなかホームラン3発で救われた。選外作、事由や評価は【選外リスト】をご覧いただきたい。取り上げるのは、ジョージ・ラッセル『ニューヨーク』、サン・ラ・アーケストラ『ライヴ・アット・ピットイン』、メル・トーメ『イン・コンサート・東京』の3作だ。カン・テファン『コリアン・フリー・ミュージック』は東京で録音された3曲中の2曲をネット上で聴いて傑作と確信したが、筆者自身が入手できず残念ながら見送ることにした。では、ジョージ・ラッセル盤から。

 ジョージ・ラッセルはギル・エヴァンスと並ぶ作編曲―モダン・ジャズ―の巨人だが、名前は見知っていても作品に親しんでいる方は決して多くはいないだろう。筆者のように熱心な層と関心のない層に二分され、それなりに聴かれているということはなさそうだ。思うに、1953年にラッセルが発表した音楽理論「音組織におけるリディア的概念」の難解さと高踏性ばかりが喧伝され、聴き手を作品から遠ざけた不運は否めまい。ひとたび彼の諸作を耳にすれば、時に前衛的ですらあるとはいえ決して難解でも高踏的でもなく、構築美と即興性が融合、ジャズの精気とスリルに満ちた演奏に魅せられるはずなのだが。彼のファンはジャズ関係者にとどまらず故武満徹や高橋悠治などの現代音楽界にも及び、長らく来日が待望されていた。1988年2月、ラッセルは「第4回トーキョー・ミュージック・ジョイ’88」に出演するため最初で最後の来日を果たす。時に64歳だった。

 来日ステージは2時間半ほどの2部構成で、第1部では40年を超える楽歴を振り返る代表曲が、第2部では当時の近作から《ジ・アフリカン・ゲーム》《ソー・ホワット》が取り上げられた。本作は古いファンなら随喜の涙を流すであろう第1部の模様を収める。総勢18名は欧米日混成、日本からは峰厚介(テナー・サックス)をはじめ7名が参加、手強いスコアを4日ほどのリハーサルでこなし「ジョイ」の最終日に出演したのだった。

《リッスン・トゥ・サイレンス》は同名の組曲(Soul Note/1971)からの抜粋演奏だ。北欧の薄暮を思わすパレ・ミッケルボルグ(トランペット)の無伴奏ソロがひとしきり、8ビートでテンポインするとややあって拍手が起こる。ラッセルのご登場というわけだ。アンサンブルが華やかに彩るなかパレが成層圏を翔る。傑作を確信させるオープナーだ。

《クバーナ・ビー、クバーナ・バップ》は1947年にディジー・ガレスピーの第二次ビッグバンドに書いたアフロ・キューバン曲だ。大きな話題を呼び彼の出世作になった。よくある再演ものではない。1988年の意匠を得てバップ期の熱気が今に蘇る熱演だ。途中で挿まれる故サブ・マルティネス(コンガ)のヴォイス―テープ再生―も興を煽る。

《オール・アバウト・ロージー》は1957年にブランダイズ大学からの委嘱を受けて書いた組曲だ。ジミー・ジュフリーやチャールズ・ミンガスらの作品とともにガンサー・シュラー名義『ブランダイズ・ジャズ・フェスティヴァル』(Columbia)に収められた。めくるめく第1部、けだるい第2部、熱いソロが打ち続く第3部と、変化に富む力演だ。

《マンハッタン》《ニューヨークの秋》はコルトレーンやビル・エヴァンスなど、豪華な顔ぶれによるオーケストラ作『ニューヨーク、N.Y.』(Decca/1958, 59)の代表曲だ。オリジナル版の面影を留めつつも斬新な編曲が施され、鬼才レイ・アンダーソン(トロンボーン)の変態ソロや野力奏一のシンセ・ソロがリレーされるなど新感覚に溢れている。

《パン・ダディ》はドルフィーらを擁したセクステットを率いて積極的に活動していた時期のセプテット作『ザ・ストラタス・シーカーズ』(Riverside/1962)から選ばれた。レイジーなスロウ・ブルース調とノリのいいファンク調とシュールな中継ぎが入り交じるユニークな曲でユニークな演奏だ。ラッセルに頬ずりしたくなる楽しい怪演?になった。

 組曲《エレクトリック・ソナタ》は1968年の大作で、セクステットによるライヴ盤(Flying Dutchman/1969)がある。20分弱は本作で最長だ。ご機嫌な8ビートに乗ったマッシヴなアンサンブルをバックに熱烈ソロが連続する第1部、ローランド・カーク風のドス黒いカオスが渦巻く第2部、再びノリノリの第3部と、本作一番の聴き物になった。

 悲しいかな激レア盤だ。畏友、須藤克治さんのサイトを除いて検索にすらかからない。本当に存在するのか?と思わせるほどだ。期待した「エレクトリック・バード ベスト・セレクション 1000」シリーズ(2014年12月)からも漏れた。というわけで、アマゾンの商品ページへのリンクを欠いた初のケースとなる。これまでなら見送ったが、それには忍びず臆することなく取り上げた。血眼の捜索に値する「隠れ名盤」の極みだ。 [次回1/18(月)更新予定]

【選外リスト】
Wave III/Masahiko Togashi (NEC/2.26) J-Jazz
Face to Face/Manhattan Jazz Quintet (Paddle Wheel/5.15) so-so, *1
Swingin'/Anita O'Day & Tenor Battle (Lobster/5.17) so-so, Laser Disc
Double Exposure/Masahiko Satoh (A Touch/6.3) J-Jazz
Voices/Masahiko Togashi (Pan/6.14) J-Jazz
Korean Free Music/Kang Tae Hwan (Yeh Eum/6.23, 7.3) fine, *2
Davis And Kohno Duo / Yasuhiro Kohno (A.S.Cap/7.4) J-Jazz
Japan Concerts/Akira Sakata (Celluloid/7.23, 29, 31) J-Jazz
Live Around the World/Miles Davis (Warner Bros./8.7) *3
Carol Leigh with the New Orleans Rascals (Nor/8.27) *4
Ehyang/Yoriyuki Harada (Aketa/9.16) J-Jazz
Sins 'n Wins 'n Funs/Concert Jazz Band (TCB/10.21) *5
Live At the Someday/Takao Nagai (Someday/11.29) J-Jazz
Bam Bam Bam/The Ray Brown Trio (Concord/12.11) good~

*1: ライヴ録音は6曲中3曲
*2: 東京録音は4曲中3曲
*3: 東京録音は11曲中1曲
*4: 同年録音は15曲中2曲
*5: 東京録音は11曲中1曲

【収録曲】
New York - George Russell & The Living Time Orchestra Live in Tokyo

1. Listen to Silence 2. Cubano-Be Cubano-Bop 3. All about Rosie 4. Manhattan 5. Autumn in New York 6. Pan Daddy 7. Electric Sonata for Souls Loved by Nature

Recorded from TOKYO MUSIC JOY '88 at Gotanda Kan-i Hoken Hall, Tokyo, on February 28, 1988.

George Russell (arr, cond), Lew Soloff, Palle Mikkelborg, Shin Kazuhara, Nobuo Katoh (tp), Ray Anderson, Osamu Matsumoto (tb), Sumio Okada (btb), David Mann (as, fl), Andy Sheppard, Kohsuke Mine (ts, ss), Kazutoki Umezu (bs, bcl), Brad Hatfielld (p, syn), Sohichi Noriki (syn), Mark White (g), Bill Urson (b), Keith Copeland (ds), Pat Hollenbeck (per).

【リリース情報】
1988 LP/CD New York - George Russell & The Living Time Orchestra Live in Tokyo (Jp-Electric Bird)

※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。

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