姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
姜尚中(カン・サンジュン)/東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史
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 政治学者の姜尚中さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、政治学的視点からアプローチします。

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「ブラックスワン」とはありえなくて、起こりえないことが起きる場合に使われますが、今年は四つのブラックスワンを注視したいと思っています。

 一つ目は、ウクライナ戦争の行方です。多くの人々が予想もしたくないことでしょうが、ロシアが圧倒的に大きな数の兵力を投入し、昨年の2月以来のロシア侵攻の形勢を既成事実とする形で事実上の停戦が実現する場合です。その場合、ウクライナ内政は混乱の極みに達し、また「西側」とロシアとの地政学的な緊張はより深まり、それこそ、ブラックスワンの出現を目の当たりにすることになるはずです。そんな結末を見たくないでしょうが、ありえないことではないはずです。

 二つ目は、インフレとリセッション(景気後退)の同時進行です。ウクライナ戦争の帰趨もありますが、決定的なトリガーになりかねないのは、中国経済の動向です。中国はWithコロナへと舵を切りはじめましたが、上手くいくのかどうか。中国経済が極端な不振に陥った場合、世界経済の景気後退は決定的になり、世界経済はスタグフレーションに陥るかもしれません。

 三つ目は、政権交代の可能性です。地方自治体の選挙の惨敗で自民党内で「岸田おろし」が勢いを増し、政権交代の末に防衛予算の増強を「国債」で賄う、安倍元首相を踏襲するような公然とした「軍拡路線」のリーダーが登場する場合です。

 四つ目は、天災の問題です。今年は関東大震災から100年です。「天災は忘れた頃にやってくる」と言ったとされる物理学者の寺田寅彦は、関東大震災の経験を踏まえ、『天災と国防』(1934年)で天災に備えることが、国防に勝るとも劣らない重要な案件であると警鐘を鳴らしています。100年前のような悪夢が起きないことを祈るばかりですが、「国防」問題として防衛予算の増強だけがクローズアップされて、「天災」への備えがおろそかになるのではと気がかりです。

 以上、四つのブラックスワンのうち一つでも目の当たりにすることになれば、新年はこれまでにない混乱の時代の決定的な始まりになりかねません。不吉な時代にならないことを祈るばかりです。

◎姜尚中(カン・サンジュン)/1950年本市生まれ。早稲田大学大学院政治学研究科博士課程修了後、東京大学大学院情報学環・学際情報学府教授などを経て、現在東京大学名誉教授・熊本県立劇場館長兼理事長。専攻は政治学、政治思想史。テレビ・新聞・雑誌などで幅広く活躍

AERA 2023年1月16日号