シャッターが切られるたび、瞬時に表情を変えていく。凛とした姿が印象に残った[撮影:蜷川実花/hair & make up 犬木 愛(AGEE)/styling 中井綾子(crepe)/costume Max Mara Gianvito Rossi TASAKI]
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 最新主演作で、記憶を失った少年を自らの意思で引き取り、息子として育てる女性を演じた杏さん。オファーを受け、「いまの私ならできるかもしれない」と感じたという。AERA 2024年6月3日号の記事を紹介する。

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――映画「かくしごと」で杏が演じるのは、事故で記憶を失った少年を偶然助けた千紗子。彼の身体に虐待の痕を見つけた千紗子は、少年を守るため、自身が母親であると偽り、認知症の父とともに暮らし始める。作品には、これまで見たことのないような杏の表情が刻まれていた。

杏:初めて脚本を読んだ時に、ラストシーンの描き方に心奪われ、「観てみたいし、演じてみたい」という気持ちになりました。原作(北國浩二著『嘘』)では、物語がもう少し先まで続くのですが、終わり方やそこから得られる余韻がすごくかっこいいな、と思って。

 役柄としては、専門的な知識や用語を覚えなければいけないわけではなかったので、どちらかというと、脚本通り、そのまま演じたつもりです。ただ、物語が物語なだけに繰り返しできるような表情や感情ではなかったため、ある程度段取りを決め、カメラを回していく、という撮影スタイルでした。

 ロケの力も大きかったと思います。日本家屋の持つ独特の雰囲気や、日本の夏特有の湿度のようなものが映っていたような気がして、撮影現場から得られたものも大きかったな、と。自然そのものがリアルさを生み出し、登場人物たちの感情を増幅させていった気がします。

――「いまの私ならできるかもしれない」。オファーを受けた際、そう感じたともいう。

杏:「年を取ると涙もろくなる」と言いますけれど、年齢を重ねることによって、様々な事象に対し想像ができるようになる、ということはあると思います。まったくの他人事であるはずの事故のニュースや、遠い国で起こっている戦争に対しても、とくに子どもや動物といった、振り回され、自らでは選べない運命を辿ってしまう存在を思うとやるせなくなる。そうした感覚が、年々強く、濃くなっていった気がします。

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