東浩紀/批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役
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 批評家の東浩紀さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 国際刑事裁判所(ICC)がイスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状を請求した。戦争犯罪と人道に対する罪の疑いだ。ハマス指導者への逮捕状も同時に請求された。

 ICCは2003年に設立された比較的新しい国際組織だ。国家間紛争に関わる国際司法裁判所と異なり、ジェノサイドや重大な戦争犯罪を起こした個人を裁く。設立のきっかけは旧ユーゴスラビアとルワンダで起きた凄惨な内戦だった。ニュルンベルク裁判と東京裁判の理念が、21世紀になって結晶したものとも言える。

 逮捕状請求に対して、当然イスラエルは反発している。バイデン米大統領も強い言葉で非難した。しかしICCは2023年にロシアのプーチン大統領にも逮捕状を出している。米国はその時は歓迎していた。二枚舌と言われても仕方ない。

 ウクライナ戦争後、国際社会は反ロシアで団結したかに見えた。日本では正義の欧米に追随すればよいという単純な世界観も語られた。

 ガザ侵攻はそんな幻想を崩壊させている。現在イスラエルは孤立している。10日には国連総会でのパレスチナ加盟支持の決議に抗議し、大使が壇上で国連憲章を細断するという暴挙にも出た。にもかかわらず米国は支持し続けている。

 そもそも米国は単独行動主義に傾きやすい国だ。2003年のイラク戦争は安保理の決議なしに行われた。米国の声が必ずしも世界の声ではないことを改めて意識する必要がある。

 ネタニヤフ首相は動画で声明を発表した。それを見ると根底にある強い被害者意識が感じられる。首相はICCがイスラエルとハマスを共に批判していることを、第2次大戦で米国大統領とヒトラーを並べるようなものだと非難する。反ユダヤ主義だと告発する。ユダヤ人は確かに歴史的に不当な暴力にさらされてきた。しかし被害者意識が行き過ぎれば逆加害の正当化に転化する。それが今ガザで起きていることだ。

 ハマスのテロは許し難い。しかしガザ侵攻も許し難い。私たちは両者を共に非難し続けるべきだ。それは冷笑的中立ではない。それでしか被害者意識の暴走は止まらないからである。

AERA 2024年6月3日号

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東浩紀

東浩紀

東浩紀(あずま・ひろき)/1971年、東京都生まれ。批評家・作家。株式会社ゲンロン取締役。東京大学大学院博士課程修了。専門は現代思想、表象文化論、情報社会論。93年に批評家としてデビュー、東京工業大学特任教授、早稲田大学教授など歴任のうえ現職。著書に『動物化するポストモダン』『一般意志2・0』『観光客の哲学』など多数

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