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ある日、わたしは講義の空き時間があったので、サークルの友達と一緒に大学近くのカフェに行くことになった。そこでたまたま友達が注文したあんみつを見て、わたしはふと思い出した。「ねえねえ、みいちゃんのお母さんってね、粒あんが食べられないんだって。だからね、今でもあんこはこしあんしか食べられないらしいよ」。わたしは目の前であんみつを頬張る友達に言った。

友達は、あんみつの味をじっくりと確かめた後にこう言った。「え、でもさ、みいちゃんのお母さんって確か大学に入学する前に亡くなったはずだよ」。わたしは頭が真っ白になって、友達の言った言葉を疑った。みいちゃんの話すお母さんの話は、つい昨日の出来事のような、そんな感じがした。「みいちゃんのお母さん、もういないんだ」。わたしはその日、そのことで頭がいっぱいだった。

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次にみいちゃんと会ったのは、1週間ほど経ってからだった。いつも話題に困ることなんか無いのに、こんなときはかける言葉が見つからない。みいちゃんはこれっぽっちも気にしてなさそうだけれど、わたしにとってはこの沈黙がとても痛かった。

先に沈黙を破ったのはみいちゃんだった。「もうすぐゴールデンウィークだけどさ、どっか行くの?」
「お母さんと映画を見に行くよ」。わたしは正直に自分の予定を言った。
「わたしもお母さんと映画見に行きたいな」。みいちゃんが言う。
わたしは胸の中のモヤモヤに耐えられず、思い切って聞いてみた。
「ねえ、あのさ、みいちゃんのお母さんってさ…」。
「うん、亡くなってるよ」。意外とあっさりした返答にわたしは拍子抜けした。
「でもね、今でも大好きなんだよ」。嬉しそうに微笑みながらみいちゃんは言った。
わたしは「そうなんだ」とだけ言ってこの会話は終わった。



あれから10年が経った。ほんの小さな出来事だけれど、この会話はわたしにとって忘れがたい記憶となっている。今になって思うと、みいちゃんがお母さんの話をするのは、お母さんの存在をずっと忘れたくないからだったのかもしれない。
 

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