延江浩(のぶえ・ひろし)/TFM「村上RADIO」ゼネラルプロデューサー (photo by K.KURIGAMI)
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 TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、本誌連載「RADIO PA PA」。「イランの女性たち」について。

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 イランの聖地はマシュハドである。拡声されるコーラン、雑踏のざわめき、バイクのエンジン音が幾重にも音楽に乗り、壮大な交響詩のようだ。

 古ぼけたバイクの荷台には布に包まれた娼婦の亡骸(なきがら)。「街を浄化する」との犯行声明の翌朝、遺棄された死体には蠅(はえ)と野次馬が群がる。娼婦は貧困を生き抜くため体を売る。女を買う男にはミソジニー(女性蔑視)が深く根付き、犯人を英雄視する声さえある。

 映画『聖地には蜘蛛が巣を張る』は実際にマシュハドで起きた娼婦連続殺人事件に着想を得ている。殺人鬼は「スパイダー・キラー」と呼ばれた。それは蜘蛛の巣で獲物を仕留めるように殺すから。容赦なく首を絞めるのは妻と二人の子供を愛するどこにでもいる中年男。彼の心の傷はイラン・イラク戦争で国のために何もできなかった絶望によるもので、それが娼婦を国を汚す存在と考える「悲しい純潔」に結びつき、犯行を重ねている。

 イランの女性ジャーナリスト、ラヒミが事件を追う。スキャンダルで職を追われ、フリーとして活動する彼女は犠牲となった娼婦の人生に寄り添い、囮(おとり)になって殺人鬼の前に自らを差し出す。不条理な現実への怒りを糧に犯人検挙に突き進む主人公ラヒミを演じるのはザーラ・アミール・エブラヒミ。彼女自身、第三者にセックスビデオを流出されたことでイランからヨーロッパへの出国を余儀なくされている。

 ローマで取材に応じたザーラは落ち着いた、どちらかといえば低い声。シルクシフォンのシースルーのブラウスを着たフォトジェニックで知的な女性だった。映画の撮影はヨルダンで行われたが「おかげで女性が髪を隠すヒジャブをつけていないシーンやセックスが映画で描けた。検閲もなくね」

 ザーラは本作で第75回カンヌ国際映画祭女優賞を獲得したが、「私が受賞取材で話したことはイランにとって爆弾になった。イランで女性は耐えきれないところまで行っている。自分の服も選べない。基本的人権がない。イランに住む女性たち、特に若い世代が革命を起こす確信めいたものが私にはある」と言う。イランで抗議の声を上げたり、ヒジャブをつけずに街に出ることは命を危険に晒(さら)すのと同じなのだそうだ。「だからこの革命には命がかかっている。でも戻ることはできない。彼女たちはずっと居場所を探してきた」

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