戦時中にも行われたイメージアップ

 実際には、職場で働き手の権利が守られていない。にもかかわらず、前向きで勇壮な言葉を使い、真っ当な労働環境であるかのように見せかける……。辻田さんは、戦時中にも、そんなことが行われていたと話します。

 1939年7月、国家総動員法に基づく国民徴用令(後の国民勤労動員令)が施行されました。国民を軍需工場などでの強制労働に駆り出す勅令(天皇の命令)です。徴用を拒否すれば刑事罰が科せられるという、非常に厳しい内容でした。

 この勅令によって動員された人々は当時、「応徴士(おうちょうし)」の名で呼ばれました。いかにも仰々しい字面ですが、背景に特別な意図があったと、辻田さんは解説します。

 「呼称に『士』(さむらい)という漢字が含まれているように、どこか雄々しい響きがあります。徴兵され、国防のために最前線で戦う軍人同様、立派で重要な仕事なのだ。そんな印象を人々に与えるため、つくりだされた言葉だったのです」         

 「安上がりに済ませたい」という「セコさ」

 軍需工場などで作業にあたった人々は、劣悪な労務管理に苦しむ場合がありました。職場で格上の「指導員」から暴行を受けたり、十分な食糧の提供を受けないまま働かせられたり。戦後に記された、元応徴士のそんな証言も残っています。

 とはいえ、徴用令は法的な強制力を伴っていました。ひとたび命令を受ければ、応じざるを得なかったはずです。職業の名誉をことさらに誇る呼称を、あえて生み出す必要があったのでしょうか? この点について、辻田さんは次のように推測します。

 「無理やり動員されたところで、労働意欲など湧かないものです。一方、工場で嫌々働かれると、生産性が落ちてしまいます。だから働き手には『お国のために頑張ろう』と思ってもらった方がいい。一人ひとりの士気を上げる目的があったのでしょう」

 「仕事にまつわる言葉を変えるだけで、工場全体の生産性が高まるのならば、これほど安上がりなことはありません。ギグワーカー(ギグワークに従事する労働者)にまつわる言説もそうですが、一見華やかな言葉遣いの裏側には、使用者側の『セコさ』があるように思います」

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