どれだけ印刷技術が発達しようとも、実物を見なければわからない美術作品の魅力。図版などでよく目にしている作品であっても、いざ実物を目の前にしてみると、さまざまな発見があるものです。
美術史家である山下裕二さんはライター・橋本麻里さんとの共著『驚くべき日本美術』のなかで、その発見のひとつとして作品の持つ"スケール感"を挙げます。
「実物を見てわかることで、いちばん実感できるのはスケール感、大きさですね。そこで僕がよく例に出すのが、高松塚古墳の壁画。これはほぼ誰も実物を見たことがない絵で、人物像だから等身大くらいだと思っている人が多いんです。ところがあれはフィギュアサイズ」(同書より)
そして、実際に作品を"体感"することの重要性を説く山下さんは、それが最も顕著に感じられるのは"障壁画"であると指摘します。いくら図版で見ていても、実際に作品が存在する空間の構成、光の変化などを実感しないことには、本当に理解したことにはならないといいます。
なかでも山下さんオススメの障壁画は、兵庫県にある大乗寺の円山応挙の作品、和歌山県にある無量寺の長沢芦雪の作品、あるいは京都の妙心寺天球院にある狩野山楽・山雪の障壁画、同じく京都の大徳寺聚光院や滋賀県の三井寺の勧学院にある作品など。これらには、実際にその場で見なければわからない魅力が多々あるのだといいます。
たとえば、兵庫県美方郡香美町にある円山応挙の障壁画を例に、山下さんは同書のなかで次のように説明します。
「昼間は開口部からの光を畳が反射した、反射光だけで襖絵を見る。要するに畳が巨大なレフ板の役割を果たすわけです。応挙の襖絵はかなり奥まった場所にあるのですが、総金地のおかげで、畳のレフ板がもたらすわずかな光でも、ちゃんと見える。(中略)昼と夜では当然、見え方が違います。非常に単純なことですが、江戸時代以前に天井からの照明は存在せず、下から照らすものだけです。大きい旅館や湯屋などには天井から吊る照明の『八間』がありましたが、お寺の空間にはまずない。応挙はそうした光の状況を念頭に置いた上で描いているわけですから、同じ光で見なくては、その意図が理解できません」
年間1000件以上もの美術展やギャラリーを見て回るという山下さんが、長年の経験から導き出した日本美術の見方。同書で提示される、その見方を参考にしながら、現在開催されている美術展はもちろん、たまには少し足を伸ばし、全国にある障壁画巡りに寺院などを訪れてみてはいかがでしょうか