哲学者 内田樹
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 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、批評的視点からアプローチします。

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 先日、左派のビジネスパーソンたちの集まりに呼ばれて講演をすることがあった。「左翼の資本家」というものがいるのである。世間は広い。

 そこでトランプが2期目の大統領になったら日本の安全保障はどうなるかという話をした。可能性は非常に低いが、日米安保条約を米国が廃棄して在日米軍基地がなくなるというシナリオもあり得る。私の貧しい想像力を駆使して想定し得る「最悪のシナリオ」がこれである。

 そうなると、日本の安全保障は以後日本人が自分の頭で考えなければならなくなる。でも、日本の政治家も官僚も戦後80年「日米同盟基軸」という話しかしてこなかったので、日米安保がなくなった場合の安全保障については、文字通り「何も考えていない」。だから、米国から「あとはよろしく。自分の国は自分で守ってね」と通告されたら、政治家も官僚も腰を抜かすだろう。そして、仕方なく自衛隊にすがりつく。国防について「実際的に」考えている機関はそこしかないからである。

 国防構想を丸投げされた自衛隊はとりあえず、憲法9条2項の廃棄と国家予算の半分ほどを国防費に計上することを要求するだろう。恒常的な定員割れを補うためには徴兵制の復活も当然議論の俎上に上る。主を失った米軍基地はすべて自衛隊基地になる。こうして「もう誰も信じない非同盟武装国家」という目つきの悪いハリネズミのような国が出来上がる。どこか既視感を覚える国家像であるが、そういう体制を歓呼の声で迎えそうな国民は今の日本に少なからず存在する。それというのも安全保障のシナリオとして「日米同盟基軸」以外に何も考えてこなかった日本人の思考停止のせいである。

 以前、ある政治学者に「日米安保以外に日本にはどんな安全保障戦略があり得るでしょうか?」と訊いたら化け物でも見るような顔をされたことがある。その問いを自分に向けたことが一度もなかったのだろう。でも、米国の政治学者に「日米安保以外に西太平洋の安全保障戦略にはどんなものがありますか?」と尋ねたらいくつかのシナリオをすぐ語り出すはずである。日本の病は深い。

AERA 2024年4月22日号