ナチス・ドイツが政治宣伝を意味する「プロパガンダ」に力を入れたのはよく知られている。北朝鮮や「イスラム国(IS)」もしかり。
 とはいえプロパガンダが威圧的とは限らない。辻田真佐憲『たのしいプロパガンダ』は娯楽性の高い「楽しいプロパガンダ」こそがもっとも効果的だと喝破する。<民衆はそのエンタメを楽しんでいるうちに、抵抗することすらできず、知らず知らずのうちに影響され、特定の方向へと誘導されてしまう>ような。
 日中戦争時、陸軍省新聞班の清水盛明中佐は「宣伝は娯楽が大切」派の代表選手で、情宣活動の必要性を詳細に説いた。海軍省軍事普及部の松島慶三なる人物が軍歌の作詞や宝塚少女歌劇団の軍国レビューの原作を担当した。ロシア民謡やクラシック音楽を利用した旧ソ連、ディズニー・アニメを活用した第2次大戦中の米国、抗日をテーマパークやゲームに変える現在の中国……。具体的な事例には事欠かない。
 けれども、本書でもっとも重要なのは、今日の日本にも「楽しいプロパガンダ」が発芽しつつある事実を見抜いた点だろう。6月、自民党の若手議員らが「文化芸術懇話会」なる勉強会を発足させた。大西英男議員の「マスコミを懲らしめるには」発言などが問題になった会だが、設立趣意書にある「心を打つ『政策芸術』」という語に著者は注目する。そこには<与党の政策を浸透させるために、民間の「芸術」を利用したい>という意向が感じられる、と。
「右傾エンタメ」に当たる小説(百田尚樹『永遠の0』のプロパガンダ的性質を分析したくだりは秀逸!)。アニメや自衛隊員の募集ポスターに見られる「萌えミリ(萌え+ミリタリー)」の傾向。日本の「楽しいプロパガンダ」は今のところ未成熟だが、これからが本番だ。〈すでに行政機関と民間企業のコラボ体制はできあがっている〉。そ、そうかも。娯楽系のコンテンツを「クールジャパン」と呼ぶのだって、プロパガンダの一環かもしれないのだ。

週刊朝日 2015年10月23日号