紫式部(鳥居清長筆)
出典:国立博物館所蔵品統合検索システム(
https://colbase.nich.go.jp/collection_items/tnm/A-10569-778?locale=ja)

 紫式部と彼女の時代の最も影響力のある男性、藤原道長との間に秘められた恋愛はあったのか。『紫式部日記』と彼女が晩年に編集した『紫式部集』の間で描かれる二人の関係性の違いを通じて、紫式部が道長に対して抱いていた感情の複雑さを垣間見ることができる。紫式部と道長、この二人の間には一体何があったのか、平安文学と紫式部に詳しい京都先端科学大学の山本淳子教授の新著『道長ものがたり 「我が世の望月」とは何だったのか』(朝日新聞出版)から抜粋・再編集して解説する。

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朝霧のなかの道長、ふたたび

 ひとまず、深夜に紫式部の戸を叩いたのが道長だったとしよう。またそれが、梅の実を介したやりとりをきっかけにしたものだったとしよう。すると、紫式部が渡殿の局にいることから場所は道長の土御門殿、梅の実があることから季節は梅雨の頃。二つの情報を合わせ、彰子が陰暦五月頃に土御門殿に滞在した年を調べると、この事件の年次がわかるという見方がある。さらには、梅の実が彰子に供されていることから、時に彰子は懐妊中だったと推理できるともされる。その説によれば、これは寛弘五(一〇〇八)年のことである(萩谷朴『紫式部日記全注釈』)。

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山本淳子

山本淳子

山本淳子(やまもと・じゅんこ) 1960年、金沢市生まれ。平安文学研究者。京都大学文学部卒業。石川県立金沢辰巳丘高校教諭などを経て、99年、京都大学大学院人間・環境学研究科修了、博士号取得(人間・環境学)。現在、京都先端科学大学人文学部教授。2007年、『源氏物語の時代』(朝日選書)で第29回サントリー学芸賞受賞。15年、『平安人の心で「源氏物語」を読む』(朝日選書)で第3回古代歴史文化賞優秀作品賞受賞。選定委員に「登場人物たちの背景にある社会について、歴史学的にみて的確で、(中略)読者に源氏物語を読みたくなるきっかけを与える」と評された。17年、『枕草子のたくらみ』(朝日選書)を出版。各メディアで平安文学を解説。近著に『道長ものがたり』(朝日選書)など著書多数。

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