「一月の声に歓びを刻め」から、主演の前田敦子(右)と坂東龍汰(写真/東京テアトル提供)
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 TOKYO FMのラジオマン・延江浩さんが音楽とともに社会を語る、連載「RADIO PA PA」。今回は2024年2月9日公開の映画「一月の声に歓びを刻め」について。

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 この映画の冒頭部分でカメラが水を流麗に追っていた。美しいと思った。煌めく映像はいつか見たイングマール・ベルイマンの「ファニーとアレクサンデル」のようだった。

 カメラの眼差しは三島有紀子。北海道の洞爺湖、東京の八丈島、大阪の堂島を舞台に制作された映画「一月の声に歓びを刻め」は、47年前、6歳の彼女が受けた性暴力被害がモチーフになっている。

 見知らぬ男に声をかけられ、駐車場に引きずり込まれた事件だった。

「汚れてしまった自分をどうしたら消滅できるか。この肉体を消せるのか、腹を刺せばいいのかビルから飛び降りればいいのか。6歳の私はそればかり考えていた」

 と、三島が僕に語った。

「一月の声に歓びを刻め」から、哀川翔と原田龍二(写真/東京テアトル提供)

 そして、そんな自分を救ったのは映画だったとも。

 たとえば、10歳のときに見た「風と共に去りぬ」。

「主人公スカーレットは白いドレスを着ている。それが最後には黒いドレスに。生きていくうちにドレスは黒く汚れる。汚れてもいいんだって、衣装が私に教えてくれた。『風と共に去りぬ』を見終わって、映画監督になりたいと私は思った。世の中には自分のような人がいる。そんな人たちに向けて映画を作りたい」

六歳のあの日、わたしは痛みに泣いた。
十代のあの日、わたしは疵に泣いた。
そして傷をたずさえたまま、映画を作ることを覚えた。
自己憐憫は邪魔だ。
わたしは、傷を元手に生きてきた。

 と、三島は試写資料に書いている。

 ただ、事件現場の大阪で撮れない自分がいた。

 2021年6月、三島はスタッフと大阪・堂島大橋付近のカフェにいた。佐藤浩市主演作「インペリアル大阪堂島出入橋」のロケハンだった。

 彼女は息を呑んだ。

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「肉体から漏れ出るもの。それが表現だと思う