「あの年だけ昇級逃すって、どういうことなんですかね」
杉本はそう苦笑する。皮肉なことに師匠と弟子は昇級を争った。9勝1敗の同成績ながら順位の差で師匠が昇級。弟子は次々点に終わった。そのわずか1期だけの停滞を経て、藤井はあっという間に名人位にまで駆け上がる。
杉本は現在もB級2組に所属する現役のプレーヤーだ。一方で後進の成長を温かい目で見守り、積極的にサポートし続ける。自身の研究室で藤井と永瀬拓矢九段が練習将棋を指す際には、杉本が弁当を買いに行く。
「その話もよく聞かれるんですが(笑)、それが一番合理的なんです。あの2人が外でいろいろ買い物してたら、目立つでしょうから」
愛知県で生まれ育った藤井は「東海にタイトルを」という地元の人々の夢を成し遂げた。さらには史上初の八冠まで達成している。最後に改めて、杉本師匠の夢は?
「一門で女流棋士は3人(室田伊緒女流二段、中澤沙耶女流二段、今井絢女流初段)いますが、男性の棋士で藤井を一人っ子にさせたくなかった。いろんなことを話せる兄弟弟子が沢山できれば、と思っていました。そういう意味で昨年、齊藤裕也が四段に昇段したのは嬉しかった。藤井の兄弟弟子はいま三段に3人、その下にも何人かいます。自分の一門から藤井八冠に続く棋士を育てたいというのが、師匠としての大きな目標です」
(構成/ライター・松本博文)
※AERA 2023年12月25日号