
杉本は現在「週刊文春」でエッセーを連載中。今年6月には『師匠はつらいよ 藤井聡太のいる日常』というタイトルで単行本化された。
「『藤井さんは十歳のとき師匠に勝ったって』『それって師匠が弱いだけじゃないの?』天賦の才を持つ弟子を身近にして分かるこの苦悩。師匠はつらいよ。いやいや、だがこれが結構嬉しくもあるのだ」(同書から)
将棋ファンの間では杉本は振り飛車の名手で、実力派の棋士として知られているが、世間では「藤井八冠の師匠」の肩書が先行する場合が多い。
「それはしょうがないです(笑)。『日本将棋連盟の棋士八段』と紹介されるよりも、たぶん一般の方にはわかりやすいでしょうから。テレビの事前の打ち合わせではよく『将棋用語はなるべく使わないで』と言われます。『藤井八冠の記録を将棋以外にたとえると?』と聞かれると、けっこう困るんです(笑)」
杉本はテレビで藤井の八冠達成について「陸上100メートルで8秒台!?」とたとえた。
「以前は10秒の壁ってありましたよね。だから『9秒台で走っているようなもの』と言おうと思ったんですけど、それはもう既に実現されている。八冠は前人未到で、あり得ないことが起きている。例えるならば『8秒台』と」
師弟が並んでの凱旋会見。
「一番喜んでくれる人をあえて挙げるとすれば?」
そんな質問に対し藤井の答えはいつも通り完璧だった。
「まずはこの隣にいる方でしょうか(笑)。師匠ももちろんなんですけど。それだけではなくて、私が子どもの頃から将棋を教えていただいたり、また支えていただいた方には、本当にいい報告ができたかなと思いますし、一つの恩返しになったのかなと思っています」
(構成/ライター・松本博文)
※AERA 2023年12月4日号

