『どろどろの聖人伝』
朝日新書より発売中

 なにかの分野で不滅の業績を残した偉大な人物を「レジェンド」と呼ぶ風潮が日本社会に定着して久しいですが、その言葉の語源であるラテン語「レゲンダ」は、元は「聖人伝(=キリスト教の聖人たちの伝説)」を示す言葉でした。そのため、英和辞書にも英単語レジェンド(legend)の意味として「聖人伝」が記載されています。偉人たちの伝記は、いつの世も読み継がれていますが、「聖人伝」というのは、いわば「キリスト教に関係ある偉人伝」です。

 キリスト教の文化があまり浸透していない日本では、「キリスト教の聖人なんて、ひとりも知らない」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、聖人の代名詞であるサンタクロースの知名度は抜群で、みんな大好き「サンタさん」は、「聖人さん」という意味の呼び名です。聖人の筆頭である聖母マリアや、イエス・キリストの高弟であった12使徒、有名なジャンヌ・ダルクやフランシスコ・ザビエルなども聖人です。また、来日したこともある現代の聖人として、マザー・テレサやローマ教皇ヨハネ・パウロ2世をご記憶の方も多いのではないでしょうか。

 キリスト教の初代教会で自然に始まった聖人たちへの崇敬は、聖人の数が増えた10世紀頃から厳密に選抜されるようになりました。カトリック教会や東方正教会では、のべ千数百人の聖人を崇敬し、個性豊かな聖人たちのひとりひとりに多彩な伝説があり、語り継がれてきました。中にはファンタジー小説のように「お姫様を助けるために竜を退治した」と伝えられている聖人もいますが、キリスト教圏の人々は、それらを実話として信じているわけではなく、娯楽性のある読み物として楽しんできたのです。

 伝説上の聖人たちは、必ずしも清く正しく生きただけの存在ではありません。もっとも有名な聖人のサンタクロースも、重要な会議の最中にキレて暴力沙汰を起こし投獄された過去があります。彼らは「私たちとは違う遠い存在」ではなく、「どこか私たちに似ている身近な存在」だから、多くの人々に愛され続けてきたのでしょう。

 欧米社会では人々に広く知られ愛されてきた「聖人伝」も、キリスト教が根づいていない日本では、知名度は低いです。そもそも今まで「聖人伝」をテーマにした書籍が日本では滅多に見かけないくらいほとんど刊行されていないので、知られていないのも当然なのです。

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