哲学者 内田樹
哲学者 内田樹
この記事の写真をすべて見る

 哲学者の内田樹さんの「AERA」巻頭エッセイ「eyes」をお届けします。時事問題に、倫理的視点からアプローチします。

*  *  *

 ある雑誌が「鷲田清一特集」を組むことになって寄稿依頼が来た。鷲田さんとは何度もお仕事をしたし、一緒にいてあれほど楽しい人はなかなか見出し(みいだ)がたい。原稿には鷲田さんの哲学の独創性について書いた。書きたいことは一通り書いたが、途中で紙数が尽きて鷲田さんの人柄については筆が及ばなかった。そこでこの欄を借りて(公器を私事に用いるようだが)印象的なエピソードをご紹介したいと思う。

 鷲田さんが阪大副学長だった頃にお会いした時「内田さん、副学長になってまず何やったと思う?」と訊(き)かれた。さあ、見当もつかないと答えたら、「天神祭の船渡御の船」と笑いながら教えてくれた。

 大阪の人でないと分からないと思うが、大阪天満宮の天神祭の本宮の夜、神霊をのせた奉安船が大川を渡御する。無数の船がそれに付き従い、奉納花火の下、船上で歌舞音曲を楽しみ飲食する。宗教と娯楽を融合させた素敵なイベントである。

「懐徳堂以来のご縁がある大阪大学が船を出さなくてどうします」と鷲田さんは言う。別に大学の予算を使うという話ではない。同窓生たちが身銭を切って「大阪大学」の旗を大川の上に翻すのである。「地場の学舎」の建学の志を祝祭的に確認するという鷲田さんのアイデアに感服した。

 総長の退職パーティーに呼ばれた時、友人代表としてスピーチを頼まれた。その少し前に桑原武夫学芸賞の授賞式で杉本秀太郎先生から伺った逸話が印象深かったので、それを紹介した。あるとき杉本さんが新進気鋭の学者の評価を問うたら桑原武夫はこう答えたそうである。「賢い人やね。でも、僕、あの人と一緒に革命しようとは思わん」

 人間の評価はともに革命ができるかどうかで決まるというのは一つの見識である。鷲田さんは「ともに革命ができる人」だと思う。革命闘争というのは官憲に追われ、貧しい資源をやりくりしながら行うものである。そういう時に傍らにいて欲しいのは「革命は楽しい」と思わせてくれる人である。革命成就後の自由で優しい未来社会を今ここで先駆的に見せてくれる人である。鷲田さんはそういう人だという話をした。

内田樹(うちだ・たつる)/1950年、東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。近著に『街場の天皇論』、主な著書は『直感は割と正しい 内田樹の大市民講座』『アジア辺境論 これが日本の生きる道』など多数

AERA 2023年4月3日号