元朝日新聞記者 稲垣えみ子

 元朝日新聞記者でアフロヘアーがトレードマークの稲垣えみ子さんが「AERA」で連載する「アフロ画報」をお届けします。50歳を過ぎ、思い切って早期退職。新たな生活へと飛び出した日々に起こる出来事から、人とのふれあい、思い出などをつづります。

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 イスラエルとパレスチナ自治区ガザを実効支配するハマスの決定的な軍事衝突が発生してしまった。既にとてつもない悲劇が始まっているが、さらにひどいことになるんじゃないかという恐ろしい予感の中で、のほほんと日々を過ごしている自分がいる。銭湯に浸かりながら平和というものを考える。あっちは大変だよね、でも日本は平和でよかったね……で済むのだろうか。済むわけがない。

 私が一番怯えているのは、世界から「大義」というものが消えてしまったことだ。大義なんてただのプロパガンダで胡散臭いものなんだとしても、ウクライナ戦争で世界がそこそこ結束してロシアの軍事侵攻を非難したことは、この世にはまだ大義があり、いざという時は横暴を許さぬ方向に働くのだと信じさせてくれた。もはやその時が懐かしい。このたびアメリカがイスラエル支持の立場から戦闘の中断を求める決議案に反対したことで、人権や法の支配という大義は溶けた。所詮全てはご都合主義。力あるものが勝つという弱肉強食の時代が始まるのだろうか。だとすれば事態を止めるものは何もない。我らもいつそこに巻き込まれてもおかしくない。

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稲垣えみ子

稲垣えみ子

稲垣えみ子(いながき・えみこ)/1965年生まれ。元朝日新聞記者。超節電生活。近著2冊『アフロえみ子の四季の食卓』(マガジンハウス)、『人生はどこでもドア リヨンの14日間』(東洋経済新報社)を刊行

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