料理本やNHK「きょうの料理」を彩ったなつかしい名前、現在も活躍中の名前が次々に登場する。副題は「料理研究家とその時代」。「本邦初の料理研究家論!」と豪語する阿古真理『小林カツ代と栗原はるみ』は、レシピ本も批評の対象になることを示した画期的な一冊だ。
 戦後の料理界を彩った第一世代、第二世代の料理研究家は経歴的に似たところがある。結婚後、海外に赴任した夫とともに欧米で料理の研鑽を積んだ江上トミや飯田深雪。ロシア貴族と結婚して料理を覚えた入江麻木。商社マンだった夫について渡欧し、パリの料理学校で学んだ城戸崎愛。高度成長期の料理研究家たちは、憧れの西洋料理を日本の主婦たちに教える役割を担っていた。
 80年代に入ると、しかし事情が一変する。女性の社会進出が本格化し、共稼ぎ家庭が増えると同時に料理にも簡便性と時短が求められるようになったのだ。その時代のスターが、本書のタイトルにもなった小林カツ代と栗原はるみである。
 歴代料理研究家たちのビーフシチューの作り方がおもしろい。ブラウンソースから手作りし、おそろしく手間のかかる第一世代、第二世代のレシピに比べ、缶詰のドミグラスソースを使う小林カツ代、ドミグラスソースすら使わずトマトピューレととんかつソースで味を出す栗原はるみ。栗原の『ごちそうさまが、ききたくて。』(1992年)がベストセラーになった要因は〈レシピの民主化〉だと著者はいいきる。〈小林が起こした家庭料理の革命を、栗原はるみは完成させたのである〉。
 男は外で働き、女は家を守るという性別役割分業と、加工品の利用や手抜きを嫌う料理界。その常識を破り続けた小林カツ代は、常に働く女性の味方であり、料理界のアジテーターだった。〈「今、乗り越えられればそれでいいんです」〉とは、 睡眠時間を削って弁当を作り続けていた頃を振り返って小林が残した言葉。レシピ本とは時代と思想が宿る技術書なんだ、としみじみ納得した。

週刊朝日 2015年6月5日号

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