「特に清張の『虚実』を見つめノンフィクションを書いてきたことは、今の時代にも当てはまると思います。以前、別のインタビューを受けたときに気づいたのですが、本作の絵画を見てその場所を特定していく流れは清張の『絵はがきの少女』という短編に似ています。書いているときには気づかなかったのですが、あの『絵はがきの少女』がすごい好きで、この子は実際どんな人生を歩んだんだろうと。あの短編は、大人になってからその現場に行って、その子のことを聞いて回る話なんです。『存在のすべてを』では、絵はがきではなくていくつかの絵画になるわけですが、近いと思うんですよね。改めて清張ってすごいなって」
現在の日本で誘拐事件が起きなくなったように、昭和のミステリー全盛期と現在では作家を取り囲む状況も条件も違う。
「虚実」を考え続ける
「うらやましいですよね。作家が時代に、世の中に求められていたじゃないですか。当時、新聞の社会面で事件のコメントをしているのは小説家なんです。松本清張先生はこう推理するみたいな感じで。いまでは考えられないことですが、当時はもっと小説家が世の中で信頼されていて、だからこそ全5巻といったような長い作品も書けたんです。取材に時間とお金をかけても取り返せるっていうものがあったのでしょうから、うらやましいです。それでも、やっぱり抵抗したいですよね、自分の中で。それは新聞記者をやってきたっていうのももちろんありますが、あくまでも僕は『虚実』の作家で『ファンタジー』は書けませんから。やっぱり虚実を考え続けることが、“師匠”の遺志を受け継ぐことだと思うんです。清張はそうやって後輩作家たちに託したわけですから。そのバトンの一つを受け継いでいきたい気持ちがあります」
(編集部・三島恵美子)
※AERA 2023年9月25日号より抜粋