「最愛のわが娘・もも、あなたは明らかに友だちとは違う形の家族をもっています。その原因をつくったママはやっぱり心配になります。(中略)だからこそ、私はきちんと話しておかなければいけないと考えました。ママは、どうして男性として生まれながら、『女性』として生きようと決断したのか」
上記は、谷生俊美(たにお・としみ)さんの新著『パパだけど、ママになりました 女性として生きることを決めた「パパ」が、「ママ」として贈る最愛のわが子への手紙』の冒頭に書かれた文章です。
谷生さんは、報道番組『news zero』で日本初のトランスジェンダーのニュースコメンテーターとして出演し話題になった人物です。同書には、そんな谷生さんが幼少期から現在までどのような生活を送り、パートナーである「かーちゃん」とどのように出会い結婚したのか、娘であるももさんへ優しく語りかける文体でつづられています。
そのため同書では、谷生さんの幼少期の回想パートでも「もものおばあちゃん(神戸ばあば)」や「ママのおばあちゃん(ももの曾祖母=ひいばあば)」など、ももさんを中心にした言い回しが多々あります。谷生さんが「わたしの母は~」などと書くことはなく、最初のうちは谷生さんと登場人物のつながりに混乱してしまう部分もあるかもしれません。しかし、その徹底した"親から子への手紙"の形式が同書の根幹です。それがあるからこそ読者は、非常にプライベートな部分をのぞき見させていただくような、不思議かつ特別な読書体験ができるのです。
幼少期の谷生さんは勉強もスポーツも優秀で、クラスではリーダーシップを発揮する、比較的に活発な子どもだったようです。谷生さんの幼少期の話は、性的マイノリティの当事者ではない人にとっても、「小学生の頃にこういうことあったなあ」「自分もこういうことを考えていたかも」と少し懐かしくなる部分もあり、自分の幼少期を振り返るいい機会になります。
また、谷生さんは経験のひとつひとつを深く分析し、傷ついたり喜んだりしながら成長してきたことがよくわかります。その経験から得た学びを優しく、ときに不安に思っていることも素直に言葉にしながら、ももさんに伝えています。
「交換日記とお楽しみ会での女装。ママが実際に恋愛感情として誰が好きだったのかはさておき、交換日記が始まった4年生の後半からの日々は、『性の目覚め』といってもいい時期だった気がします。(中略)誰かを好きになる、ということは、本当に素敵なことなのです。もし悩むことがあれば、いつでもママやかーちゃんに相談してください。好きな人のことを相談されたら、きっと2人ともちょっとドキドキするでしょう。でも、平静を装って何かアドバイスをするはずですから」(同書より)
先述した幼少期の経験は第1章につづられ、第2章から第4章までは大人になった谷生さんが自身の性別に葛藤しながらも少しずつ「自分らしさとは」を明確にしていく様子がつづられています。そのなかで見られる"周囲の反応"にも注目です。「そういう時代だった」と片づけていいのか、同じ時代でも性的マイノリティをバカにする人とそうでない人の違いはなんだったのか、今の時代にも通じる課題が見えてくるのではないでしょうか。
そして、ももさんにとって一番身近な話題になるのが、谷生さんがパートナーであるかーちゃんと出会い、結婚してももさんが生まれるまでの経緯がつづられた第5章から第6章です。ここを読むと、谷生さんとかーちゃんが性別に関係なくひかれあった素晴らしいパートナーであること、そんな2人に望まれてももさんがこの世に生を受けたこと、それがしっかりと伝わってきます。
もしかしたら谷生さんの選択に批判的な意見が出るかもしれません。しかし同書を最初から最後まで読めば、谷生さんとかーちゃんとももさんだからこそ今の幸せな家族のかたちがあるのだと思わずにはいられないはずです。谷生さんの愛と少しの不安が混ざった手紙は、読者にたくさんの優しい気づきを与えてくれるでしょう。
[文・春夏冬つかさ]