作曲家の辻幹雄さん

 辻さんが神宮寺で「長崎の鐘」を作曲中、高橋さんは、画家の丸木位里・俊夫妻の「原爆の図」を展示する丸木美術館(埼玉県東松山市)へ行くことを勧めた。辻さんが語る。

「高橋さんから『曲作りのヒントになるかもしれないよ』と助言され、帰りがけに丸木美術館に寄りました。『原爆の図』や『アウシュビッツの図』を見ながら、このままではいけないなと感じました。自分は傍観者であり、その立ち位置ではダメだと痛感しました。作家とか作曲家、画家の多くは政治的な問題に無関心ですが、やはり、丸木先生がやってこられたようなことに足を踏み入れなければならない時もあるんです」

 辻さんはその後も「自分は何かをやり残していないか」という焦燥感が、心の中でくすぶり続けていたという。思い立って今年の春ごろ、高橋さんに電話をかけ、「また音楽と般若心経の掛け合いをやりたいと思っているんだよね」と伝えた。

 高橋さんは「最後の仕事としてやらなければならないことの一つが、戦争の事実と悲惨さを伝承すること」と考えている。その表現方法として、読経と音楽の共演を録音し、CD化する構想があった。高橋さんと辻さんは「もうやるしかないよね」と意気投合した。それがこの旅の主目的にもなった。

 沖縄県宜野湾市の佐喜眞美術館は、丸木夫妻の「沖縄戦の図」全14部を展示している。多くの住民が死へと追いやられた「喜屋武岬」、日本兵による「久米島の虐殺」など、戦火から逃げ惑う人々、戦場に斃(たお)れた人々の姿が描かれている。

 館長の佐喜眞道夫さん(77)と高橋さんは親しい間柄で、神宮寺での平和を考えるイベント「いのちの伝承」に丸木夫妻の絵を貸し出してきた。佐喜眞さんは高橋さんの願いを快諾。6月21日、「沖縄戦の図」展示ホールで高橋さんの読経と、辻さんの11弦ギターの音色が静かに響いた。今回はリハーサルだったが、曲作りに向けて辻さんはこう考えていた。

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レコーディングは佐喜眞美術館で