現在の日本では、東京など大都会は多少の活気があるものの、地方の小都市や農村部はたいへん疲弊した状態にあり、地域をどう活性化するかが大きな問題になっています。

 そこで一つ参考となるのがフランスのナント市ではないかといわれます。ナント市はロワール川河口近くの都市で、造船業で栄えていましたが、1970年代以降、日本などの造船業が盛んとなったために衰退し、町全体がたいへん暗い状況となりました。1989年、ジャン=マルク・エローが市長となり、強いイニシアチブで、文化を軸とした町づくりが進められました。

 ロワール川の中州にあるナント島はさびれ、衰退の象徴のようなところでしたが、これを文化の中心として完全に復活させます。大胆な演出で有名なロワイヤル・ド・リュクス劇団の活躍で世界的に注目を集めたり、実験的でその後国際的に広がるクラシック音楽祭「ラ・フォル・ジュルネ」などの事業を次々と展開していきました。そして、ナント市は「フランスで一番住みやすい都市」に選出され、フランス国鉄の予算管理部門やフランス郵政公社の金融管理部門がナントに移され、その結果、5000人を超える雇用が創出されました。ナントは経済的にも活力のある町に変わっていったのです。

 こういう動きがあったからこそ、2004年にユネスコでは「クリエイティブ・シティズ・ネットワーク」をつくり、「創造都市」を広めていこうというプログラムをつくります。重工業などはより発展途上国へ移り、どうしても古い先進国の都市は、ある意味で衰退せざるをえない宿命にある中で、一種のインフラとして、プログラムをつくり出したわけです。デザインや、映画、食文化、文学、音楽など七部門があり、日本では神戸、名古屋(ともにデザイン)、金沢(工芸)、札幌(メディアアート)、浜松(音楽)、鶴岡(食文化)の都市、世界の約70の都市が現在登録されています。

 目下、日本でもクリエイティブな地域づくりが非常に重要になっています。おそらく金沢は日本を代表するクリエイティブ・シティといえるでしょう。加賀百万石金沢城下は江戸時代から文化に徹底的にお金を使います。兼六園のようなすばらしい大名庭園もありますが、古いものだけでなく21世紀美術館も集客力を誇っています。そのほか日本の仏教思想を海外に広めた哲学者・思想家の鈴木大拙の記念館がつくられ、「ラ・フォル・ジュルネ」を取り入れ、音楽祭が毎年開催されたりしています。

 成熟社会や、あるいは発展途上国にさまざまな重工業などが奪い取られていった地域は、今後、どうしても文化を軸にしていかねばなりません。そのために一番重要なのは、その土地の特性を知る住民がどれほど必要で、大切なのかを理解すること。次に、市長、町長、村長などのトップがどれだけイニシアチブを取れるか。そして長期的な展望が必要です。この三つがそろわないと文化による地域おこしはできません。現在、文化をいかした町づくりを進めたいと考える首長が少しずつ増えてきています。この流れをサポートする取り組みを文化庁が進めていくことも必要だと思います。

 私たちの足下にも先人たちが築き上げてきた足跡、埋蔵文化財が眠っています。今年初めの朝日新聞の連載「プロメテウスの罠――広野を掘れば」は、被災者向け住宅建設中に見つかった遺跡を巡るようすをまとめたもので、当初、遺跡が復興の障害になると感じていた方々も、自分たちの町の歴史に興味を持ち、自信や愛着を深めていきます。地下に埋もれていた文化が、光を当てられ、その価値が発見され、人々に共有されることによって、地域の誇りへと昇華していったのです。

 日本では、年間8000件に及ぶ発掘調査が行われています。成果の一つ一つが地域で育まれてきた歴史を伝えるものであり、より多くの方々にわかりやすく伝えようと開催している「発掘された日本列島展」も20回を数え、来場者数は200万人を超えました。発掘調査で明らかになった歴史に関心を持ち、その価値を知ることも、文化で地域を活性化するための重要な手段の一つです。

 多様な形を示す文化を軸とした地域づくりに「これが正しい」という解答はありません。現在、「創造都市」に限らず「創造農村」という考え方も生まれています。多くの事例を共有し、それぞれにあった方法で個性ある地域づくりを進めることが非常に重要ではないかと思います。

※この原稿は、日仏会館創立90周年記念講演「フランスと日本における地域おこしと文化」(2014年12月13日開催)の講演内容に一部加筆しまとめたものです