「着うた」で心もウキウキ!?
この記事の写真をすべて見る

 十年ひと昔と言うが、その一昔前、電車内で突然ヒット曲が流れ始めるという現象は珍しくなかった。誰かの携帯電話に着信があり、呼び出し音が鳴る。機械的な呼び出し音の代わりに“音楽の原盤音源”が使われていたのだ。それが、いわゆる「着うた」だ。

 「着うた」登場以前は「着信メロディー(ringtone)」(着メロがその代名詞のごとくなった)が使用され、聴きなれた音楽であっても「実際の音源」ではなく、いわば電子オルゴールのようなものだった。それが、完全に様変わりしたのだ。

 そもそも、携帯電話での着信メロディーは1996年に誕生している。当初は、携帯電話にあらかじめ設定されている音楽だけが利用できたが、1998年には自分で着信メロディーを登録できるようになった。すると、「着メロ本」が大量に発売され、一大ブームを巻き起こす。

 当時、ポチポチと着信メロディーを登録し、再生してみたら間違っていてやり直したという記憶がある人もいるのではないだろうか。その着信メロディーも最初は単音だったものが和音再生もできるようになり、どんどん進化していく。その延長線上に誕生したのが、「着うた」(これまた新たな形態のringtoneで、この登録商標が同種サービスの代名詞のように使われる)だった。

 「着うた」のサービスを最初に導入したのは、2002年のau。本来はライバルであるレコード会社が共同出資で設立した会社とauが共同で始めたのである。当時のレコード業界はCDの販売枚数が落ちこみ続け、「着うた」で起死回生を図るという意図もあったようだ。

 ここでポイントとなるのが、着信メロディーと「着うた」の違いだ。着信メロディーは「メロディーを借用している」だけなので、JASRAQに許諾申請だけをすればよい。ところが、「着うた」は原曲を使用しているので、その利益はレコード会社にも還元される。つまり、CD販売の落ちこみをうめる存在として期待されたのだ。

 auに続いて、ソフトバンク、ドコモが「着うた」サービスを展開していくと、その期待はさらに高まったようだ。ちなみに、初めて配信された「着うた」は、CHEMISTRY の「My Gift to You」だった。

 だが、「着うた」の誕生から13年を迎える今、それほど耳にしなくなった。あの1990年代後半の着信メロディー全盛の頃と比較すると、電話の着信音に音楽をセレクトすることが減少しているように感じられる。実際、日本レコード協会の資料によれば、「ringtones(いわゆる着うたのたぐい)」は、ダウンロード数も売上高も、最近、年々減少している。そのことも、「着うた」を電車内や公共の場で耳にすることが少なくなった事情を間接的に裏付けているだろう。

 「着うた」に起死回生をかけたレコード会社だが、PCやスマートフォン向けの音楽配信は順調に数字を伸ばしている。CDの売り上げこそ回復していないが、きちんと音楽配信事業では業績を残しているのだ。ただ、それが「着うた」として活用されていないだけである。鳴りもの入りで導入された「着うた」だったが、利用シーンにそぐわなくなったということのではないだろうか。

 大好きなアーティストの音楽が着信音として鳴って、通話ボタンが押されると途中でブチッと切れてしまう……傍らで聞いているファンとしてはあまり気持ちいいものではないだろう。アーティストの音楽はきちんと聞きたい、途中で切れるような聞き方はしたくない、そんなファン心理が根底にあるのかもしれない。

(ライター・里田実彦)

[AERA最新号はこちら]