小田雅久仁(おだ・まさくに)/1974年、宮城県生まれ。2009年、『増大派に告ぐ』で日本ファンタジーノベル大賞を受賞。13年、『本にだって雄と雌があります』がTwitter文学賞国内編第1位に。21年の『残月記』で吉川英治文学新人賞、日本SF大賞を受賞(撮影/写真映像部・上田泰世)
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 AERAで連載中の「この人この本」では、いま読んでおくべき一冊を取り上げ、そこに込めた思いや舞台裏を著者にインタビュー。

 口、耳、髪など、体の一部をそれぞれテーマにした怪奇小説7編を収録。小説のページを破って食べ、虚構の世界に没入する「食書」、他人の耳からその人の体内に入り込み、体を乗っ取る「耳もぐり」など、怖さと異様さに読むのをやめられない短編小説集『禍』。著者である小田雅久仁さんに同書にかける思いを聞いた。

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 顔にある目、鼻、口、そして髪など、人間の体のパーツを題材にした怪奇小説集だ。

「体というのは部分だけ取り出すと怖いんですよ。最初に耳の話を書いたので、体の一部をテーマにした作品集にしようと考えました。日常的な場面から始めて、非日常的な光景の中に連れていきたい気持ちがありますね。自分もその光景を見てみたいので」

 自分にとって最も身近な体に異変が起きるだけでも怖いのに、小田雅久仁さん(49)の圧倒的な文章力と想像力がさらなる恐怖に突き落とす。

「今回は体のパーツと怪奇小説であることが決まっていたので、ダイヤル錠を開けるみたいに頭の中でカチャカチャ回しながら話を考えていきました。一つ開いた、また開いた、というふうに進んでいって、全部のダイヤルを合わせ切ったら書き始めるんです」

 主人公は会社でパワハラにあったり、野宿生活をしていたり、恵まれない環境にいる人が多い。彼らはますます大変な状況に陥っていく。

「僕の中に主人公を転落させたい気持ちがあるのかもしれないですね。僕は幸せな人生が思い描けなくて、ひどい人生を想像してしまいがちなので、それを形にしているんだと思います。自分がひどい目にあった時の心の準備を無意識のうちにしているのかもしれません」

 1編目の「食書」は小説が書けなくなった作家が主人公だ。小説のページを破って食べると、その物語を体験できることを知り、はまっていく。読むのではなく、食べることで小説を味わう。

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