野村総研の木内登英エグゼグティブ・エコノミストは、その意味では今回、市場に与えるショックを小さく抑えることができたと指摘する。

「『YCCの修正』というと、市場は上限を0.75%や1.0%に引き上げることを想定していたはずです。しかし、0.5%の許容幅はそのまま変えずに、新しくもうけた1.0%についても、植田総裁は金利急騰に備えるための『念のための上限キャップ』などとマイルドに表現しました。緩和策の本格的な修正につながるものではないとの見方から、昨年12月の引き上げ時に比べて冷静に受け止めたのだと思います」

 会合のあった28日の株式市場は一時、前日比850円を超える今年最大の下げ幅を記録。外国為替市場も1ドル=141円台」まで一気に3円近く円が値下がりするなど、マーケットは大荒れとなった。ただ植田総裁の会見後は落ち着きを取り戻し、いずれも下げ幅を縮めている。

 前出の永濱さんは、決定のタイミングも日銀にとって「ちょうどよかったのでは」とみている。

「米欧の利上げが続くなかでYCCの修正に踏み切れば、日本の金利も海外の金利上昇につられて高騰するリスクが生じてしまいます。一方で、現在は米欧の金融政策も利上げ打ち止め感が生じつつある。タイミングがもっと遅くなっていれば、日米の金利差が縮小するとの観測が高まり、円高に傾き過ぎてしまう恐れもありました。遅すぎても早すぎてもマイナスの副作用がありました」

 とはいえ今回の決定からは、緩和策の出口までにはなお時間がかかりそうな様子も見て取れた。

 同日に公表した経済・物価情勢の展望(展望リポート)で、物価上昇率の見通しを23年度は2.5%に上方修正したものの、24年度や25年度は物価目標2%を下回る水準にしたからだ。

 前出の木内さんは、日銀が本格的な見直しに着手するのは、来年後半以降になる可能性が高いとみている。木内さんは、緩和策自体をできるだけ早く見直す必要があるとの立場だ。

「本格的な修正に踏み出すには、来年の春闘をみて賃上げの状況を確認したり、米欧の利上げによる経済への影響や外国為替市場の動向を見極めたりする必要があります。ただし今後、今回の決定のように、『緩和策の持続性を高める』ことを理由に挙げて、マイナス金利政策など、ほかの政策を修正することは考えられます。一般には分かりにくいのですが、物価目標2%の旗を下ろすことは政治的になかなか難しいので、そういうロジックを使って見直す場面はあるでしょう」

 今回の決定は市場に唐突な印象を与えた。会合直前まで政策の変更はないとの見方が強かったためだ。市場との対話の方法も考える必要がある。

(AERA.dot 編集部・池田正史)
 

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池田正史

池田正史

主に身のまわりのお金の問題について取材しています。普段暮らしていてつい見過ごしがちな問題を見つけられるように勉強中です。その地方特有の経済や産業にも関心があります。1975年、茨城県生まれ。慶応大学卒。信託銀行退職後、環境や途上国支援の業界紙、週刊エコノミスト編集部、月刊ニュースがわかる編集室、週刊朝日編集部などを経て現職。

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