坂戸のトップ2号店、ここで安売りの限界を痛感した。いまは様変わりで、調剤や相談コーナーと、客が主役の形に変えて賑わいが続く(撮影/狩野喜彦)
坂戸のトップ2号店、ここで安売りの限界を痛感した。いまは様変わりで、調剤や相談コーナーと、客が主役の形に変えて賑わいが続く(撮影/狩野喜彦)
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 日本を代表する企業や組織のトップで活躍する人たちが歩んできた道のり、ビジネスパーソンとしての「源流」を探ります。AERA 2023年7月10日号では、前号に引き続きウエルシアホールディングス・池野隆光会長が登場し、『安売り合戦』を展開した地域を訪れました。

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 ウエルシアは全国に2751店(2月末現在)と、国内ドラッグストア業界で最大級になった。52年前に埼玉県新座市で売り場面積6坪(約20平方メートル)の小さな薬屋を開き、「もっと品物を揃え、大きくやりたい」との思いを溜めて、1979年に同県南西部の毛呂山町でドラッグストア「トップ1号店」を開業した。


 宅地開発が急速に進む地で、夢中でやったのが安売り合戦。でも、売り上げを増やしても、利益が残らない。「安売りだけでは、生き残れないな」と悟ったのが、この1号店と東隣の坂戸市に持った2号店の時代だ。


 ことし4月、安売り合戦を展開した地域を、連載の企画で一緒に訪ねた。


 企業などのトップには、それぞれの歩んだ道がある。振り返れば、その歩みの始まりが、どこかにある。忘れたことはない故郷、一つになって暮らした家族、様々なことを学んだ学校、仕事とは何かを教えてくれた最初の上司、初めて訪れた外国。それらを、ここでは『源流』と呼ぶ。


 池野隆光さんがビジネスパーソンとしての『源流』になったという毛呂山町の1号店は、東武越生線の武州長瀬駅から約800メートル。幹線道路に面した物件で、床面積は約20坪と当時では広いほうだった。さらに隣で閉店した家具店も借りて、床面積が一気に100坪となる。


■売り場広げても売る品がない創業初期の日々


 ところが、広くしても、置く品がない。周囲に「こんなに広い店、どうするのか」と言われて、先が怖くなったことを、跡地に立って思い出す。土地はその後、町の区画整理事業の対象になったので、売却した。買い上げてもらえなかった角の三角地は、そのまま残っていた。


 あのとき、新座市の薬屋は薬剤師の資格を持つ妻に任せ、1号店の品揃えに走った。何でも売るぞと、ファミコンのゲームソフトから始め、家電製品、飲料、菓子と、次々に並べた。それが「ドラッグストア」のビジネスモデルに、つながった。

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