「市川團十郎の弟子筋が市川猿之助になります。それゆえ、團十郎に引っ張り上げてもらうにしても、猿之助を飛び越えることはできない。香川はいつも猿之助に気を使う立場だったのです。そんな状態のなかで、猿之助が事件を起こし、その代役として香川の長男の團子(だんこ)に光が当たるというのは、おどろおどろしい因果を感じます」(米原氏)

 事件が起きた18日は、明治座で「市川猿之助奮闘歌舞伎公演」の真っただ中だった。猿之助は休演し、18日の昼の部はさすがに休演となったが、夜の部は二代目中村錦之助の長男・中村隼人(29)が務めた。翌19日には代役として、昼の部は香川の長男・市川團子(19)が務めた。

 團子はわずか1日の稽古で本番に臨んだようだが、堂々たる芝居を披露し、スタンディングオベーションも巻き起こったという。

「團子は判官びいきの日本人の琴線に触れたのかもしれません」(演芸評論家の山本健一氏)

 團子、隼人という若手のホープが澤瀉屋のピンチを救った形となった。米原氏はこう語る。

「歌舞伎という芸能にはしたたかさがある。猿之助がいなくても、必ずその代役が現れる。團子はまだそれほど稽古を積んでないと思いますが、驚くべき吸収力です。隼人も脚光を浴びて、きれいな顔をしていることも世に知られました。猿之助も好きだったけど、隼人も團子もいいよねというファンも増えたはずです。歌舞伎ファンではなかった人にも存在が知れ渡り、新しいファン層を広げる結果になったと思います」

 歌舞伎界に詳しい早稲田大学の児玉竜一教授は、團子と隼人をこう評価する。

「團子と隼人の2人は見事に代役を演じました。隼人は間違いなく、猿之助が場所と役を与えて、育てた一人と言えるでしょう。猿之助が若手を育てたことが実を結んだことは、悲しい出来事が続いたなかで、ひとつの希望になったとは思います。今月の明治座のピンチを乗り切ったとしても、ずっと安泰ではありません。ここから先は、若手の人たちの自覚と精進次第だと思います」

 はたして、澤瀉屋の未来やいかに。

(AERA dot.編集部・上田耕司)

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上田耕司

上田耕司

福井県出身。大学を卒業後、ファッション業界で記者デビュー。20代後半から大手出版社の雑誌に転身。学年誌から週刊誌、飲食・旅行に至るまで幅広い分野の編集部を経験。その後、いくつかの出版社勤務を経て、現職。

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