BOOKSTANDがお届けする「本屋大賞2023」ノミネート全10作の紹介。今回取り上げるのは、青山美智子(あおやま・みちこ)著『月の立つ林で』です。
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2021年『お探し物は図書室まで』、2022年『赤と青とエスキース』でそれぞれ本屋大賞二位を受賞した青山美智子さん。今年ノミネートされた『月の立つ林で』も前二作同様、ふとした出会いをきっかけに、かけがえのない新たな日々を歩み始める人々の姿を描いた連作集になっています。
今作で登場人物たちをつないでいるのは、インターネット上の音声コンテンツ「ポッドキャスト」。タケトリ・オキナという月マニアの男性が配信する『ツキない話』では、毎日、月についての豆知識や月への想いが語られています。そんな彼の話に耳を傾けるのは、さまざまな悩みや葛藤を抱える人たちです。
たとえば一章「誰かの朔」の主人公・朔ヶ崎怜花は、看護師として二十年のキャリアを積み、管理職のポストも見えていたものの、あることが原因で退職したばかり。「人のために役に立ちたいなんて、そんな想いは傲慢だったのかもしれない」と人と関わることが怖くなり、すっかり自信をなくしていました。そんな怜花に、タケトリ・オキナは「今日は新月です」と伝え、新しいことにトライするのに絶好の日だと語りかけます。その言葉に導かれるように、ハンドメイドの通販サイトで「新月」の意味を表す「朔」の文字を使った指輪に出会い、購入した怜花。指輪の制作者のメッセージからこれからの生き方に対するヒントをもらい、気持ちを新たにするのでした。
二章の主人公は、長年配達ドライバーのアルバイトを続ける本田重太郎。「お笑い芸人になる」という夢を捨てきれないままに三十歳となり、最近はすっかり腐った日々を送っています。三章の主人公は、二輪自動車の整備工場を営む高羽。社会人二年目の娘・亜弥が結婚すると言い出した上に、すでに妊娠中と聞き、大ショックを受けます。四章の主人公は逢坂那智。高校を卒業したら家を出ると心に決めている彼女は、お金を貯めるためにあるアルバイトをすることに。五章の主人公・北島睦子は、ハンドメイドのアクセサリー作家。次第に人気が出て売れっ子となっていくうちに、夫の無理解にいらだちを感じ始め......。
タイトルにある「月が立つ」とは「つきたち(ついたち)」から、一か月の最初となる新月を意味するそうです。新たな始まり、リセット、リスタート......。タケトリ・オキナが話す新月のエピソードに感化され、悩みながらも新たな一歩を踏み出す登場人物たちの姿は、読んでいてすがすがしい感動を覚えます。そして、新月とは「目には見えないけれど、たしかに存在している」ものでもあります。実は各章の主人公たちは、自身も知らないところで他の登場人物に何かしらの影響を与えていることに、読者は気づくことでしょう。「ただ誰かの力になりたいって、ひとりひとりのそういう気持ちが世の中を動かしているんだと思う」(同書より)との言葉にあるように、私たちの普段のなにげない言葉やおこないが、知らないうちに誰かの役に立ち、世界が循環している――その見えない繋がりは、私たちはけっしてひとりで生きているわけではないことを教えてくれます。
うまく行かない日々にモヤモヤを感じていたり、自分に自信をなくしたりしている人に、ぜひ読んでほしい一冊。「この世界もそんなに悪くないのかも」とふたたび前を向いて歩み出す気持ちを助けてくれるかもしれません。
[文・鷺ノ宮やよい]