これがフィクションだったらよかったのに。『捏造の科学者 STAP細胞事件』を読みながら何度思ったことか。
まるで上質のミステリ小説のように、一気に読ませる。しかし無邪気にこれを楽しむ気持ちにはなれない。なぜなら、ぼくらは、事件の主要人物のひとりである笹井芳樹氏の自死という結末を知っているからだ。
本書はSTAP発見のセンセーショナルな記者会見から笹井氏の死までを、毎日新聞の科学記者である著者が個人的な視点で描いたノンフィクションである。14年11月脱稿なので、その後の、理研の検証実験打ち切りや外部委員会による調査結果の発表は盛り込まれていない。
笹井氏も含め、多数の関係者とのメールや電話、対面での取材の模様が生々しく描かれている。新聞の科学記者という仕事が、こんなにもハードなものだったとは。世紀の発見という興奮がやがて疑惑に転じ、失望にいたる著者の感情が強く伝わってくる。タフであると同時に繊細な人だ。
結局のところ、STAPはなかった。だが、いまだ謎は残る。なぜこのようなずさんな論文が一流誌に載ったのか。笹井氏はじめ世界でもトップレベルの研究者がだまされてしまったのか。そもそも小保方晴子氏に悪意はあったのか、それともたんなる勘違いと暴走だったのか。
ある専門家が著者にいう。
「くさった丸太を皆で渡って、たまたま折れずに渡り切れてしまったということでしょう」
「たまたま」で多くの人が振り回され、何人かが人生を棒に振り、ひとりが死んだ。
謎は残るが、はっきりわかったこともある。それは理研という組織のダメさ加減である。特にトップを含めた幹部たちの無能ぶりはひどすぎる。予算獲得最優先主義の弊害だろうか。あるいは小保方氏の博士論文問題に見られる早稲田大学という組織のダメさ加減にも呆れてしまう。
※週刊朝日 2015年2月20日号