観客の反応もまちまち。高齢者の多い歌舞伎ファン層と一般層の様相は異なる。コロナ禍は観劇習慣を破壊したが、沈静化した昨今、ファン層の客足は戻りつつあるともいえる。才能ある役者の蹉跌は残念だが、応援する役者を変えて楽しむスタイルだ。

 これに対し、一般層には今回の事件を悲観的にとる傾向が強く、歌舞伎のイメージが悪くなった面もあるだろう。2021年には、中村吉右衛門、片岡秀太郎が没した。芸の規範となる存在の減少を嘆く声もファン層にはある。

■戦後並みの危機意識を

 敗戦後、歌舞伎は存続の危機に見舞われた。そこで、六代目中村歌右衛門ら役者陣と永山武臣・松竹会長ら興行陣が車の両輪となって歌舞伎を束ね、支えた。片岡孝夫(現仁左衛門)・坂東玉三郎の人気コンビ、市川猿之助(現猿翁)のスーパー歌舞伎など数々の野心的な企画で息を吹き返した。

 その後も十八代目勘三郎の「平成中村座」、野田秀樹ら現代劇の作家との共作、マンガやアニメの歌舞伎化などの企画もヒット。だが、徐々に、大きく束ねる存在がいなくなってきた。

「客足が戻ったといっても、アニメ原作歌舞伎で、限界がある。本流の古典的な歌舞伎は依然低調で、芸のレベルも下がり、危険な状態だ」と指摘する歌舞伎通もいる。

 今、世代交代も含め歌舞伎は過渡期にある。その矢先、出ばなをくじくように起きたニューリーダー猿之助容疑者の逮捕。これには、戦後並みの危機意識を持って臨むべきではないか。

 何より、本分としての「大歌舞伎」の成立に向け、戦後の危機を突破したような強力な結束体制が必要だ。新旧観客を感服させる良質な芸、新規客を開拓する企画、演出などで観客をきめこまかに引き付ける努力は言うまでもない。松竹は時宜を得て、事件予防を視野に入れた「相談窓口」を創設するなど企業に要請される現代的な問題に対し、社会的責任を果たすべきだろう。

 古典芸能かつ現代に生きる劇という歌舞伎として存続するか、国が保護する伝統芸能としての歌舞伎におさまるか。小異を捨てて、歌舞伎の存続という大義のために力を合わせるべき時が来ていることを、今回の事件は、あぶりだしたともいえるだろう。

(ジャーナリスト・米原範彦)

AERA 2023年7月10日号