すでに1年近く続く、ロシア軍によるウクライナ侵攻。多くのウクライナ市民が犠牲となり、今も不安な日々を過ごしています。『ウクライナから来た少女 ズラータ、16歳の日記』は、たった一つの夢にかけ、祖国・ウクライナから日本へと脱出した少女・ズラータの日記を書籍化したものです。
ズラータ・イヴァシコワは2005年生まれの16歳。ウクライナ第四の工業都市・ドニプロという街で、母親と9歳のマルチーズのリョーリャと暮らしていました。絵を描くことが大好きで、ちょっぴり人見知り。そして13歳の夏休みに日本語に魅了されて以来、独学で勉強を続け、いつか日本に住むことを夢見ている少女です。そんなごく普通で平穏な毎日を送っていた彼女のもとに、2022年2月24日、突然、戦争が訪れたのです。
学校が休校となり、街にサイレンや空襲警報が響く中、3月16日の朝、彼女は母親から衝撃的なひとことを告げられます。
「ズラータ、あなたは日本に行くのよ!」
戦争が始まって以来、母親はなんとか娘を日本に避難させられないかと考えを巡らせ、ようやくその手段を見つけたのでした。ソビエト連邦時代にはソ連の監視下で息を潜めるように暮らし、ソ連崩壊後は経済的にひどく困窮しながら生きてきたというズラータの母親と祖母。「親子三代でロシア(ソ連)の悪夢を見続けることはないのだと。だからこそ、『一人で行きなさい』と言ってくれたのだ。そう思うと胸が熱くなった」(同書より)と、ズラータは母親の心情を察し、日本行きを決意します。
全財産16万円、そして愛読書である『人間失格』とスケッチブックだけを持ち、彼女はまず日本行きの飛行機が出ているポーランドのワルシャワへと向かうことに。しかし列車は通常通り運行しておらず、いつ来るかわからない状況。しかもなんとかワルシャワへとたどり着いたものの、彼女はコロナに感染してしまうのです......。
そんな中、ズラータを支えたのが人々の温かさでした。偶然出会った日本の取材スタッフや新たに知り合った友人、そして"足長お姉さん"ともいうべきサポーターの日本人女性。彼女に手を差し伸べる人々の姿には「人情という言葉もまだまだ捨てたもんじゃない」と思わせられます。
「こうして人がお互い心を寄せ合い、助け合い、思い合うことを忘れずにいる。戦争に、心の美しさまでは奪うことができないことを、私たちは訴えたかった。どんなに身の回りのものが破壊されたとしても、私たち一人ひとりの心までは絶対に破壊できない。私たちは、徹底的に相手と思い合って、手を差し伸べ合って、傷つけ合いや殺し合いと正反対の言動で抵抗してみせる」
「そんなことをここで、出会った一人ひとりの人たちが教えてくれているような気がした」(同書より)
そしてもうひとつ、ズラータにとって大きな支えとなったのが「夢」。「日本に行って漫画家になりたい」「いつか日本とウクライナの平和の架け橋になりたい」との確固たる思いがあるからこそ、彼女はけっしてあきらめることをしません。
「戦火からは逃げてもいい。でも、どんな事態に見舞われようとも、夢や希望は捨ててはいけない」(同書より)
現在、横浜でひとり暮らしをしながら高校に通い、絵の勉強を続けているズラータ。同書の表紙絵や挿絵も彼女が描いたものです。彼女の日記を通して、私たちももう一度、今ある命や生活について考えてみてはいかがでしょうか。
[文・鷺ノ宮やよい]