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 ライター・研究者のトミヤマユキコさんが評する「今週の一冊」。今回は『水車小屋のネネ』(津村記久子、毎日新聞出版 1980円・税込み)。

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 この世には「読むと旅に出たくなる小説」とか「読むとお腹が減る小説」とかいった表現があるが、それで言うと本作は「読むとヨウムの動画が見たくなる」小説である。ヨウムとは、オウム目インコ科の鳥類。本作ではヨウムの「ネネ」が物語の中心にいつもいて、登場人物みんなと関わるどころか簡単な会話までするのである。

 物語は高校を卒業したばかりの「理佐」が小学生の妹「律」とともに、とある山間の町へと逃げてくるところからはじまる。理佐は進学予定だった短大の入学金を母親に使い込まれ、律は母親の婚約者に家から閉め出されたり、暴力をふるわれたりしていた。姉妹にとって、実家は安心して過ごせる場所ではなかったし、婚約者と出会ってからの母親は、もはや頼れる存在ではなくなっていた。

 この町に逃げてきたのは、理佐が職安で不思議な仕事を見つけたから。そば屋の仕事なのだが、なぜか「鳥の世話じゃっかん」と付記されている。このそば屋は石臼でそば粉を挽いており、石臼は川の水流を利用した水車によって動いている。水車小屋にはネネがいて、音楽やラジオを聴きながら石臼を監視している。そしてネネが「空っぽ!」と叫んだら、人間がそばの実を追加するのだ。なんだか妙な具合だが、先代の時からそうしているのだから仕方ない。

 店での接客が一段落すると、理佐がネネと一緒にそば粉の管理をする。姉とネネに会いたくて律もやってくる。日頃ネネの世話をしている老画家「杉子」も顔を出す。こうして姉妹に新たな人間関係が生まれていく。

 18歳の女子が妹を連れて生きていくのは、容易なことではない。ましてや田舎町にやってきた新参者ともなれば、悪目立ちもする。杉子は優しいけれど、婦人会の「園山」からは「妹さん、本当に大丈夫なの?」「あなたに気を遣ってお母さんに会いたいって言わなかったりするっていうのは考えてみたことない?」と言われてしまうし、律の担任「藤沢」も母親と連絡を取りたがる。

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