『氷の世界-40th Anniversary Special Edition (DVD付) [CD+DVD]』井上陽水
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『40th Special Thanks Live in 武道館 [DVD]』井上陽水

 最初に告白してしまうが、わたしは、井上陽水のライヴを見たことがない。
 もっとも生で見たい、聴きたいアーティストの一人なのだが、実現できていない。
 陽水のライヴ・アルバムは、初期から素晴らしいものが多いし、映像もLDの時代から持っていたし、テレビで放映があると必ず(気づいたらだが)録画して見ているので、ライヴの状況はわかっているのだが、でもそれでは陽水のライヴを体験したということにはならない。あたりまえだ。

 正直、わたしは無精者だ。ライヴに行きたいと思っても、チケットを買って、決められた日に決められた場所に行くのが億劫なのだ。にもかかわらず、それなりにライヴに出かけてしまうのは、音楽が好きなことに加えて、魅力的な音楽がこの世にはあふれているということの証なのだと思う。
 仕事をするようになって、スケジュールが思うようにいかなくなってからは、チケットを買っていないのに会場に行き、当日券で入ったことも何度もある。

 この井上陽水の「氷の世界ツアー2014」も、以前、情報を聞き、これは行かなくてはと思い、このコーナーでも取り上げたいと思っていたにもかかわらず、今になってしまった。
 このツアーは4月6日の千葉の松戸を皮切りに、北は岩手、南は本までの全22回、最終日は、長崎の6月29日で終わる。読者の皆さん、すいません。この原稿がアップされる6月18日以降は、あと3回九州公演が残るのみです。
 
 このコラムを書くようになってから、何人かに、わたしの紹介したライヴに行ったと報告されたことがある。とてもうれしいことだ。ライヴ情報を提供する立場としては、ほとんど終わってしまったツアーの紹介をするのは、いけないことだとわかった上で、今回は紹介させていただく。

 このツアー「氷の世界ツアー2014」は、1973年に発表されたアルバム『氷の世界』から40周年ということで行われている。同時に『氷の世界-40th Anniversary Special Edition』も発売された。
 音楽雑誌「レコード・コレクター」の7月号は、特集「井上陽水『氷の世界』」だが、その中の情報によると、5月22日の武道館のライヴで演奏された曲は26曲、そのなかで、アルバム『氷の世界』13曲すべてを、そのアルバムの順番通りに演奏している。

 そういえば、このミュージック・ストリートで紹介したライヴやアーティストの何人かが、アルバムを丸ごと演奏する試みをしている。たとえば、

「第2回 あんなに長い髪だったのに!」で紹介した、ジェスロ・タルのイアン・アンダーソンの『ジェラルドの汚れ亡き世界』その1、その2の連続演奏。

「第7回 ロボットの次は、3Dですか、クラフトワークさん!?」で紹介した、クラフトワークのアルバムごとの再現ライヴ。

「第35回 ルー・リード追悼とDream Powerジョン・レノン スーパー・ライヴ2013 その1」 、ルー・リードがアルバム『ベルリン』の再現ライヴをしている。

「第48回 バンドを長続きさせるこつ~ビーチ・ボーイズ」 関連では、ブライアン・ウィルソンが、アルバム『スマイル』の全曲演奏を実現している。

 こう見てくると、これらアルバム全部の再現ライヴには、アルバムが持って生まれた運命みたいなものがあるように思える。
 アーティストは、いつだって素晴らしいアルバムを創ろうと全力を投じているだろうが、できてくるアルバムの中には、それらを超えて、あるいは時間を超えて愛されるものができてしまうことがあるのだ。
 この『氷の世界』も、そんな1枚ではないだろうか。

 そもそも、40周年を迎えるこのアルバムのマスター・テープが発見されたというのが、そんな伝説にふさわしい。
 わたしはNHK―BSプレミアムで放送された「井上陽水ドキュメント“氷の世界 40年”」を見た。このドキュメンタリーは、『氷の世界-40th Anniversary Special Edition』のDVDで観ることができる。放送されなかった映像も一部入っているようだ。
 このアルバムが時代の最先端をいく機材で制作されたこと、ロンドンでの録音もあったこと、日英の実力派アーティストが参加して、新しい音を作り上げようとしていたことがよくわかる。

 この文章を書くにあたって、井上陽水の楽曲をまとめて聴いた。そしてあらためて、楽曲のよさ、演奏の多彩さ、そして声の魅力に魅せられた。
 正直、ベテランのアーティストでさびしく思うことの多くが、声が変わってしまっていることだ。
 しかし、井上陽水の声は、今でもわたしを惹きつける。

 この後、九州のライヴまで行けないという、わたしと同じ気持ちの方がいたら、『氷の世界-40th Anniversary Special Edition』を聴き、制作秘話に驚き、2009年のデビュー40周年ライヴ『40th Special Thanks Live in 武道館 』(DVD)でも、観て過ごすのはいかがだろうか。

 追伸、5月22日のNHKホールの公演が、6月29日21時から、BSスカパー!で放送予定という情報が入ったので、お知らせしておきます。[次回6/25(水)更新予定]

■ライヴ情報は、こちら
http://www.y-inoue.com/live.html

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