引き揚げ者として貧しさに追いかけられてきたという作家が、親しみを感じる「方丈記」の現代語訳と、自身の体験を重ねたエッセイを綴った。生き残り方のこと、貧を生きるということ、居住空間や友だちについてなど、題目を挙げて考察する。
「川は、いつもおなじ姿で流れている」と訳は始まる。平明で読みやすい。小見出しを追うだけでも大火や飢饉や地震時の街の様子から鴨長明の庵暮らしのことへと向かうおおよその話の筋がわかる。だが、エッセイには「清貧という言葉があるが、ぼくにはその意味がわからない」と書く。貧乏で孤立したことがあった。原作者のように邸宅住まいを経て方丈の間に至ったわけではない。1畳の間に下宿した兄は、「方丈記なんておまえ、大広間だあ」と言った。家賃の安さを第一に、窓がなかったり、ふすま1枚を隔てて未婚の娘が寝ていたりする部屋を見つけて友人に驚かれたこともある。だからこそ、小説の中で電気洗濯機を1台登場させるにもていねいに筆を費やした。初めから物が存在する現代の光景を寂しく思う姿がある。
※週刊朝日 2014年6月6日号