岩波新書を読む時はつい構えてしまうのだが、これは大丈夫。スルスル読めるし、真面目なんだけどところどころ笑える。そして何よりも下世話! 下品じゃないけど下世話で楽しい。
 神経内科医が歴史に名を残した人たちの病気について書いている。ケネディの内分泌異常やレーガンのアルツハイマーあたりは想定内のネタだが、倭建命(ヤマトタケルノミコト)の項目があり、「そんな神話みたいな作り話で、死因も何も」と思いながら読んでいくと、古事記に書かれたヤマトタケルの、戦いから死ぬまでの足跡、伊吹山で雨に打たれて熱出して治ったと思ったが神経マヒが起こって歩くのも困難(足が三重に折れ曲がったようだったので、その場所が「三重」になったという!)になりついに行き倒れた……というこの一連の流れから「ギラン・バレ症候群の可能性」を提示されるとさすがに驚く。「倭建命の実在性についてはさておいて、神経内科医の目には、古事記は亜急性であった神経症状の経過をなぞるように記載していて一貫性がある」というのを読んで、古事記はそういう男のことが書かれているのだ、といきなり実感できてしまった。
 他にも、源頼朝が安徳天皇の亡霊を見たという『保暦間記』の記述は、脳血管障害か頭部外傷によって精神錯乱や幻覚をきたしたのではないかとか。梅原猛はよく、荒唐無稽と思える昔話の中に真実はある、とか言っていたものだが、こういう話を理路整然と説明されると「確かに、昔話とバカにしないでじっくり読み込むといろいろ面白いかも」と目を開かされる。
 そして、昔話につきものの貴種流離譚を、現在のDNA鑑定というもので身も蓋もなくはっきりと覆してくれるのも、逆の意味で面白い。ニコライ2世の娘・アナスタシアとか、ルイ16世の息子のルイ・シャルルとか、いやもう完膚なきまでにそいつらニセモノ。はっきりしないモヤモヤしたロマンには本当のロマンなどないのだ、と思い知らせてくれるのである。

週刊朝日 2014年4月11日号