
思い込みというのは恐ろしいもので、誤記や誤認の類は、元を辿ればだいたいこの「思い込み」というやつに行き着く。つい先日もやらかしてしまった。ハービー・ハンコックの『MR.ハンズ』の再発ライナーで、うっかり次のように書いてしまったのです。
『MR.ハンズ』では、前述した『ヘッドハンターズ』のオリジナル・メンバーの再会セッションがさりげなく実現している。
あーあ。なんという素人くさいミスだろう。幸い数時間後に気づき、担当の人に連絡し訂正をお願いしたが、先日届いたテスト盤を恐る恐る見たところ、ああ、直っていなかった。ガーン。まあよくあることではあるのだけれど。そこで今回は該当部分を改訂した上で「正しいライナーノーツ」をこの場をお借りして掲載させていただくことにしました。以下がハービー・ハンコック『MR.ハンズ』ライナーノーツ全文です。
マイルス・デイビスとテオ・マセロ。ビートルズとジョージ・マーティン....スーパーグループ/ミュージシャンの影に名プロデューサーあり。音楽の世界では、古今東西、数多くの名コンビが活躍しているが、ハービー・ハンコックにもデビッド・ルービンソンというプロデューサーの存在があった(時期や作品によっては、この2人にフレッド・カテロという名エンジニアが加わりトリオになることも)。とくにハンコックがジャンルやスタイルを超越して大活躍した70年代は、ハンコックとルービンソン・コンビの創造性が頂点に達した時代だった。
ハンコックの「ジャンルを超えた成功」は、70年代初期の『ヘッドハンターズ』がきっかけだったが、さらにその先へと進んだ次なる成果が『マン・チャイルド』だった。ちょうどハンコックの師マイルス・デイビスの引退と入れ替わるように登場し、それはマイルスからハンコックへとバトンが受け継がれた瞬間、あるいは聖火ランナーが交替したように映った。70年代後期のハンコックの進撃は、それほどすごかった。
最も注目したいのは、当時のハンコックがアコースティックとエレクトリックというふうに明確に分野を分けた上で創造活動に向かっていた点。これにはデビッド・ルービンソンの「幅広い層を対象にする」というコンセプトが反映されていたと思われるが、その根底には、ジャズ・ファンとフュージョン/ブラック・コンテンポラリーのファンは同類ではないという、ハンコックとルービンソンの「読み」があった。こういうふうに書いてしまうと、コマーシャル臭が鼻をつくかもしれないが、そうではない。ハンコックはそれら最もハードルの高い課題に、あくまでも音楽的に応え、音楽的な回答を提示することを自らのテーマとして掲げた。
当時はもちろん、おそらく現在も70年代のハンコックの作品に対しては賛否両論があるだろう。ハンコックとルービンソンが感じていたように、ジャズ・ファンにとってVSOPクインテットは高評価に値するが、『フィーツ』や『モンスター』は才能の浪費としか映っていないかもしれない。逆にその種の作品を評価している層にとっては、VSOPは「とっつきにくいジャズ」でしかないのかもしれない。しかし時を経た現在、再度70年代のハンコックの作品を聴けば、まったく異なる印象を受けることと思う。
1980年に登場した『MR.ハンズ』は、分断していたハンコックのファン層を再び合体・一体化させたこと、つまりはその「現象」が話題になった。逆にいえば、当時のハンコックの音楽は、内容もさることながら、どのような現象を呼ぶかという点でも見逃すことのできない「時代的指針」の役割を担っていた面が少なからずあった。さらに加えてこのアルバムは、ハンコックが初めてコンピュータを取り入れた作品としても大きな話題となった。シンセサイザーにコンピュータ。まさにハンコックは時代に先駆ける挑戦者だったのだ。
『MR.ハンズ』では、前述した『ヘッドハンターズ』の未発表演奏がさりげなく収録されている。その一方では、ジャコ・パストリアスやロン・カーター、レオン・チャンスラーやトニー・ウィリアムスやアル・ムザーンといった大物が参加した曲もある。この幅の広さと奥行きは、ハンコックならではのものだろう。しかも1枚のアルバムとしての主張も感じられる。そしてぼくが思うのは、このアルバムは、ハンコックだからこそ到達することのできた「新しい80年代的ジャズ」のひとつの方向性だったということだ。近年のロバート・グラスパーやエスペランサの音楽は、このハンコックが敷いた路線の延長線上に位置すると思う。70年代ハンコックの諸作は、いまこそ真価を発揮する時を得たのかもしれない。[次回3/17(月)更新予定]