いやいや、世の中にはまだまだスゴイ本が隠れているものである。出光佐三『マルクスが日本に生まれていたら』。著者は今年のベストセラー、百田尚樹『海賊とよばれた男』のモデルになった出光興産の創業社長(81年に95歳で没)で、本書もそれに便乗したらしき企画。出光興産社長室での勉強会をもとに、66年に出版された本の新装版だ。
 社員と「店主」と呼ばれる出光との問答形式で本書は進行する。
 出光は「共産主義のよいところは採れ」といってきたらしい。なぜかと問う社員に店主は答える。資本家の搾取をなくそうとしたマルクスと「黄金の奴隷になるな」から出発した出光。〈動機と目標という点では、マルクスとぼくは同じことじゃないかね〉。すると、両者の違いは? 〈マルクスは「物の国」に生まれたから、物の分配をめぐって対立闘争する道を歩かせられたということであるし、ぼくは「人の国」に生まれたから、物に関してはぜいたくを戒めて、お互いに手を握り合って仲良くするという互譲互助の道を歩かせられたと、このようにぼくは思うな〉。
 しかし、マルクスと出光では幸福に至る道筋が対照的だ。〈西欧民族と日本民族の違いということになると思うね。別の言葉で言えば、「物の国」と「人の国」の違いとも言えるがね〉。唯物史観とは? 〈「物の世界」から「人の世界」を律しようとするところに、弁証法的唯物論の誤りがあると思うね〉。労働力の搾取から生まれる利潤とは〈「物の国」の考え方だと思うね〉。そして結論。〈出光のあり方や日本の互譲互助・和の道などをマルクスが知ったならば、喜んだのじゃないかと思うんだ〉。
 出光興産、立派である。私だったら「社外秘」のハンコを押して門外不出にする。ちなみに出光はマルクスを一冊も読んでいない。読まずに語る「物の国」と「人の国」。まるで小林克也と伊武雅刀の往年のラジオ番組「スネークマンショー」。マルクスも草葉の陰で「あちゃあ」と頭を掻いているだろう。

週刊朝日 2013年12月6日号

[AERA最新号はこちら]