

いまやジャズ・ギター界の頂点に君臨するジム・ホールは1970年代前半まで趣味のよい名脇役という評価に甘んじていた。チコ・ハミルトン(ドラムス)、ジミー・ジュフリー(マルチリード)、ソニー・ロリンズ(テナー)、アート・ファーマー(フリューゲル・ホーン)と続く傑作でふれて「上手いことは上手いが」と感じた方も少なくないのでは。当時の希少なリーダー作『イン・ベルリン』(1969年6月/Ge-MPS)や『ホエア・ウッド・アイ・ビー?』(1971年7月/Milestone)にしてもリスナーを圧倒するものではなかった。誰しも文句なしはビル・エヴァンス(ピアノ)と組んだ『アンダーカレント』(1962年4・5月/United Artists)くらいではなかったか。そんなホールが巨匠への道を歩みはじめるきっかけとなったのは傑作『アランフェス協奏曲』(1975年4月/CTI)の大ヒットだった。フュージョン・レーベルとして色眼鏡で見る方もいたが、どうして立派なジャズ名盤だ。
1976年10月、この大ヒットが呼び水となりホールは三度目の来日を果たす。1967年は同業のバーニー・ケッセルともどもハービー・マン(フルート)のグループのゲストで、1970年はケニー・バレル、アッティラ・ゾラーともども「ギター・フェスティヴァル」の三枚看板だった。レギュラー・トリオを率いたこの度がリーダーとしては初来日になる。推薦盤は東京公演の記録だ。1977年に発売されたLP(ジャケットは下段の二枚目と同じ)に目玉の《アランフェス協奏曲》はない。CTIと5年間は他に収録しない約束になっていた。1980年に再発されたLP(ジャケットは上段と同じ)で陽の目を見たが、《シークレット・ラヴ》は除かれた。本作はこれら2曲を収録、よって完全版というわけだ。直後に東京で録音したスタジオ作『無言歌』(11月/Jp-Horizon)と組み合せた一枚ものの『無言歌&ライヴ・イン・トーキョー』では再発LPと同じく《シークレット・ラヴ》は省かれている。
幕開けはパーカーの《ビリーズ・バウンス》、テーマに続いてアドリブに移ると絶妙な息継ぎでバウンス、コード・ソロを挟んでよく歌うベース・ソロにつなぎテーマで結ぶ。ウォームアップを超えた快演になった。屈折したテーマを持つ自作の《ツイスター》ではドラムスのみ従えコード・ソロで攻める。ドライヴ感溢れるカッティングがスリリング、終盤でフォービート・カッティングに切り込むや震えがきた。ギター好きにはたまらん!
スタンダードの《シークレット・ラヴ》ではエイトビートでテーマを優美に綴り、フォービートでアドリブに入ると秘めた情熱を迸らせる。揺れる乙女心を表した素敵な解釈だ。《アランフェス協奏曲》では頭の三音が響くやいなや拍手がわく。そのまま独りで続け、やがてテンポインすると哀調を帯びつつも乗りのよいプレイに終始、ベース・ソロを経てテーマで閉じる。上々だが本家が宮殿の広間なら三畳一間だ。もちろん高級住宅街だが。
《チェルシー・ブリッジ》ではテーマはスロウ、アドリブは倍テンポでしっとり綴り、ベース・ソロのあとスロウに戻り後半コーラスで締めくくる。ホールにしては想定内で、ビリー・ストレイホーンの怪しくも美しい曲想を活かしきれていないように思うのだが。ロリンズの《セント・トーマス》は速めのカリプソ、アドリブでは「汽笛一声新橋を」を引用して茶目っ気を見せる。このあとが凄い! 4分近くにわたって必殺コード・ソロを繰り広げる。想像を絶する運指だ。ドラム・ソロも凄い。持てる技を総動員した大熱演にしばしばやんやの喝采がわく。テーマを終え拍手喝采が続くなかホールのメンバー紹介と「どうもありがとうございました」をもって珍しく?華やいだコンサートは幕を降ろす。
実は四度も買った。かったるく思えて処分するのだが無いと気になってまた手を出す。もうそれはない。快ライヴなのにキチンと聴いてこなかったのだな。軽んじないように。[次回9/17(火)更新予定]
【収録曲一覧】
1. Billie's Bounce 2. Twister 3. Secret Love 4. Concierto de Aranjuez 5. Chealsea Bridge 6. St. Thomas
Jim Hall (g), Don Thompson (b), Terry Clarke (ds).
Jim Hall Live in Tokyo - Complete Version (Jp-Paddle Wheel [Jp-Horizon])
Recorded at Nakano Sun Plaza Hall, Tokyo, October 28, 1976.
※このコンテンツはjazz streetからの継続になります。