豪華ゲストとともに、アイデンティティの在り処を求めた大作~ブラッド・オレンジ『フリータウン・サウンド』(Album Review)
豪華ゲストとともに、アイデンティティの在り処を求めた大作~ブラッド・オレンジ『フリータウン・サウンド』(Album Review)

 すでに配信リリースは行われているけれども、8月19日には日本盤がリリースされる、ブラッド・オレンジ通算3作目のアルバム。ポスト・ニューウェーヴ・バンドのテスト・アイシクルズや、ライトスピード・チャンピオン名義でのソロ活動を経たのち、ブラッド・オレンジこと本名デヴ・ハインズは、ロンドンからニューヨークへと拠点を移して活動を続けている。

 前作『キューピッド・デラックス』では、何よりもそのメロディメイカーとしての才覚をもって、一躍インディ/オルタナティヴのヒーローへと上り詰めた観があった。また、その頃からソランジュ・ノウルズやカイリー・ミノーグ、カーリー・レイ・ジェプセンといった大物シンガーたちに楽曲を提供しており、売れっ子プロデューサーとしての役割も確立しつつある。ロンドン時代の、いかにもインディ・ポッパーという活躍ぶりを振り返ってみると、なかなか感慨深い。

 そんなふうに快調に思えたブラッド・オレンジのキャリアだが、新作『フリータウン・サウンド』に込められたテーマは重く、シリアスだ。彼の音楽はこれまでにも、性マイノリティや文化・民族的マイノリティに寄り添う指向性を持っていたが、今回は深く歴史を辿るようにしながらアイデンティティの在り処を求め、また自身の表現意欲の本質に迫ろうとしているのである。

 「Augustine」では、若き父と母に連れられて船旅に出る情景を回想し、続く「Chance」では《僕が欲しかったのはチャンスだけだ》と染み渡るような美しいソウル・コーラスで歌う。そして、エンプレス・オブの凜とした歌声とデュエットする「Best to You」は、極めて滑らかでロマンチックなガラージ・チューン。序盤からバラエティ豊かな楽曲群がシームレスに連なり、リスナーの視界をスクロールさせるようにアルバムは進む。

 タイトルにも用いられたフリータウンとは、彼の父親の故郷である西アフリカの国・シエラレオネの首都であり、かつて解放奴隷たちが作った街として知られている。各地から集まった解放奴隷たちは多様な文化を持ち寄り、その名の通り新しい、自由と解放を象徴する街となった。英国の黒人として育ち、ロック・バンドからルーツ色豊かなソロ活動(ライトスピード・チャンピオン)とスタイルを変遷させてきたデヴ・ハインズは、常に揺れ続けてきたアイデンティティの拠り所を、そのフリータウンと重ねて見ている。彼が移り住み、ブラッド・オレンジとして活動をスタートさせたニューヨークは、彼にとってのフリータウンだったのかもしれない。

 なお、『フリータウン・サウンド』の制作にあたり、彼はダスト・ブラザーズがプロデュースしたビースティ・ボーイズのセカンド・アルバムにしてブレイクビーツ・アートの結晶『ポールズ・ブティック』を参照したという。ニュー・ウェーヴからフォーク、ソウルにヒップ・ホップとあらゆるスタイルを消化し、他の誰でもないアイデンティティの形を描こうとするブラッド・オレンジとしては、とても合点のいく話だ。デボラ・ハリーやネリー・ファータド、カーリー・レイ・ジェプセンといった女性シンガーたちとの掛け合いも素晴らしい、感動的な大作である。(小池宏和)

◎リリース情報
『フリータウン・サウンド』
2016/8/19 RELEASE(配信リリース中)
HSE-1102 2,484円(tax in.)