「考える人」などの編集長を務めた著者の、デビュー作となる長篇小説。建築家志望の若者が、著名事務所の一員として、一般利用者が気軽に入館できる「国立現代図書館」の設計コンペに携わる熱い物語だ。おもに1982年の夏が舞台。浅間山のふもとの山荘に籠もり、事務所の人々と設計に勤しむ豊かな暮らしに、所長の姪との恋模様が加わる。
 主人公が入所した事務所は、質実で純朴で親密な、時代に左右されることのない設計が持ち味。その所長の村井が、図書館には教会と似たところがあると考える場面がある。ふだん属する社会や家族から離れ、人がひとりで出かけて行って、そのまま受け入れられる場所。彼の想いの先には、現在再評価が進む建築家グンナール・アスプルンドのストックホルム市立図書館があった。円形の書棚が大閲覧室を取り囲む空間。競合相手が高度成長の波に乗り、華々しい脚光を浴びてきたからか、村井はこれまでになく生き急ぐ。
 ひと夏の闘いは浅間山の噴火と共に終わるが、あとには穏やかな品の良さが残る。

週刊朝日 2012年11月23日号

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