何度オーディ ションを受けてもあと1歩のところで落ちるため、もう神様にでもなんでもすがりたいと悩む俳優志望の23歳のイケメンくんに付き添い、入谷の小野照崎神社にお参りした。
この神社には「渥美清さんが『一生タバコを吸いませんから仕事をください』と願って帰宅した直後、男はつらいよの寅さんを依頼する電話がかかってきた」という伝説がある。この話が真実かどうかは諸説分かれるようだけれど、彼は本気で信じているようで、神社の本殿を前にして、ガチガチに緊張していた。
伝説では、自分が大好きなものを断つと、仕事をいただけるということになっているのだけれど、彼はタバコを吸わない。特に愛飲愛食しているものもない。それで何分も「いったい何をやめればいいんだ!」と苦しみだした。
彼は結局さよならするものを決めることができず、また後日出直してくることになった。けれど、せっかくなので、付き添いの私だけがお参りをし、お賽銭500円を投じた。素敵なお仕事がいただけるのなら、毎朝欠かせないコーヒーを断ちます、と神前に誓う。そんな私を彼はうらやましそうに見つめていた。
彼と別れ、私は観劇に向かった。少し遅刻してしまい、劇はすでに始まっていた。そして私の席にはなぜなのか、誰かセミロングの髪の女性が座っている。そしてさらになぜなのか私を案内してくれた劇場係員は「こちらですよ」と本来の席ではなく奥のほうへと私を連れていった。
幕間に見ると、やはり私はチケットとは違う位置に座っていた。そして私の席には誰かがいるようだが、女性物のカバンを残しお手洗いかどこかに消えている。係員に尋ねると「変ですねえ」と首をひねる。そして上演時間が迫っているのに私の席に人は戻ってこない。
どうにも気味が悪くなり、私は劇場をあとにした。何だか帰れと言われている気がしたからだ。そしてふっと頭に浮かんだのは「お参りを終えて自宅に戻った渥美清さんに仕事のオファーがあったこと」だった。
もしや......と期待したけれど、今の時点では特に何もない。でも伝説のおかげで「もしかしたら明日はいいことがあるかも」と考えられるようになった。未来を楽しみにする気持ち。もしかしたらこのワクワク感こそが運を呼ぶのかもしれない。