日本の合戦では勝利を得るために、規則や手順などの作法が決められていた。それは、開戦前の作戦会議から縁起担ぎ、合戦中の行動、さらに撤退時の「陣払い」まで多岐に及んでいる。週刊朝日ムック『歴史道別冊SPECIAL 戦国最強家臣団の真実』では「合戦の作法」を特集。ここでは武器の長所を解説する。
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戦闘は、双方から弓で矢を射ることによって始まった。これを矢合わせといい、音の出る鏑矢を射るのが一般的だった。矢合わせが開戦の合図となり、そこから戦闘が始まるのである。なお、矢合わせは、鉄砲が普及した戦国時代末期には、鉄砲を撃つことに置き替わった。鉄砲は、火蓋を開き、火縄の火を火薬に点火することで弾を撃つ。そのため、戦闘の開始が、「火蓋を切る」と言われるようになったのである。
鉄砲が伝わり、戦場の武器として広く普及したあとも、弓矢が廃れるということはなかった。それは、弓矢には弓矢の、鉄砲には鉄砲の長所と短所があったためである。戦国時代には、弓矢と鉄砲は必ず併用されていた。
まず、攻撃の範囲に関していえば、弓矢のほうが広い。弓矢は、射程を延ばすために放物線を描くように射ると、届く範囲は必然的に広範囲となる。この点、鉄砲は、一点を集中的に攻撃するには有利であるが、敵の陣を面として制圧することはできない。
発射音に関していえば、弓矢のほうは、わざと音がでるようにした鏑矢でなければ、音はしない。そのため、敵に知られずに攻撃することも可能である。これに対して、鉄砲では、大きな発射音が避けられない。伏兵が鉄砲を用いれば、隠れている場所はすぐに分かってしまうという欠点もある。ただ、発射音の大きさによって敵の戦意を低下させ、馬をひるませるといった効果があった。
発射速度に関しては、弓矢のほうが圧倒的に有利である。現代のライフル銃とは異なり、当時の火縄銃は連射ができない。次の玉を発射するには準備の時間がかかるため、もたもたしていると敵の攻撃を受ける可能性がある。この点、弓矢は技術さえあれば、文字通り、「矢継ぎ早」に連射ができるので有利となる。弓矢は、連射ができない鉄砲による攻撃の間合いを埋めるためにも使用されていた。