阿部さんの新刊『Ultimate Edition』/河出書房新社刊(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)」
阿部さんの新刊『Ultimate Edition』/河出書房新社刊(撮影/写真映像部・戸嶋日菜乃)」

 ――悲惨な現実のなかにあっても、せめてフィクションの世界のおいては、どうにか希望を見出してほしい、と。

 それは『Ultimate Edition』に収録されている作品すべてに共通する狙いと言っていいかもしれません。海外が舞台でも、国家元首をネタにした風刺的な小説でもあっても、「どうしようもないし、変えようがないんだけど、最後の1ミリだけは何とかずらせないだろうか」と。不可能性に覆われていても、わずかな突破口をひとつ開けることくらいはできるのではないか。書き手が解釈を限定してはいけませんが、そういう意図はありました。

――『ブラック・チェンバー・ミュージック』もそうですよね。主人公はどうしようもない状況に巻き込まれますが、最後はハッピーエンドと言えなくもないというエンディングでした。

 それくらいじゃないと、リアリティを感じてもらえないだろうという見通しも持っています。これじたい紋切り型の見方かもしれませんが、しかしそうなる理由もすぐにわかるくらい、今の若い人たちはすごく冷めている印象がある。この先に希望などなく、上の連中は何も変える気がないと、シニカルに世界を見つめている。年長世代がもっともらしい説教を垂れたところで、「こうなったのはおまえらのせいだろ」と返されることも予想できる。そういう読者を想定してみると、結末にポジティブな要素を入れるにしても、最後にまるごと状況がひっくりかえるようでは現実味が薄まるばかりでむしろネガティブな印象を深めかねない。したがって絶望的状況はそう簡単にくずれないという最低限のリアリティを組み立てつつ、わずかながらも突破口が開く可能性が信じられる作品にしたいと。こういう話をすること自体、自分としては「変わったな」と感じますね。10年くらい前までは、インタビューで小説の形式についてしゃべることはあっても、読者に対して「こう思ってほしい」ということはほとんど言わなかったんです。そういう話をするようになったいちばん大きいきっかけは、やはり子供と生活していること。そして、社会や世界の変化を、身近な問題として感じることが増えたことも要因でしょうね。

(森 朋之)

阿部和重(あべ・かずしげ)/1968年山形県生れ。「アメリカの夜」で群像新人文学賞を受賞しデビュー。『グランド・フィナーレ』』(2005年講談社刊。2007年講談社文庫)で芥川賞、『ピストルズ』』(2010年講談社刊)で谷崎賞等、受賞歴多数。その他の著書に『シンセミア』『Deluxe Edition』『キャプテンサンダーボルト』(伊坂幸太郎との共著)『オーガ(ニ)ズム』『ブラック・チェンバー・ミュージック』など。

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森朋之

森朋之

森朋之(もり・ともゆき)/音楽ライター。1990年代の終わりからライターとして活動をはじめ、延べ5000組以上のアーティストのインタビューを担当。ロックバンド、シンガーソングライターからアニソンまで、日本のポピュラーミュージック全般が守備範囲。主な寄稿先に、音楽ナタリー、リアルサウンド、オリコンなど。

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