■権威を悪用する弱者いじめ

 恵美さんは休職期間が満了になっても復帰が認められず、結局、解雇されてしまった。

 その後、人づてに聞くところによると、社長が産業医に多額の謝礼を支払い、業績の悪い社員の「首切り」役として暗躍させていたという。本来、産業医は「適応障害だ」などと診断することはできず、主治医の「問題ない」との診断書を根拠なく否定などできない。そうした知識がない恵美さんに乗じた行為だったのだ。

 もちろん、世の中の多くの産業医は、真摯に役割を果たしている。

 一方で、このように経営者の意を受けて暗躍する「ブラック産業医」も一部に存在する。

「産業医という、医師の言うことだから信じたんです」という恵美さん。中でも、前職で施設の医師との信頼関係があった恵美さんにとっては、産業医という“権威”を信じるのは当然のことだった。

 恵美さんは、信じていた産業医に裏切られたことに、退職後の今も苦しめられている。権威を無条件に受け入れてしまったその代償でもあった。

◎川野智己(かわの・ともみ)
人材育成コンサルタント・転職定着マイスター。伊藤忠アカデミー教育マネジャー、大手人材紹介会社教育研修部長などをへて、現在は転職定着マイスターとして、セミナー講師やコンサル活動を通じ転職先での定着と活躍の支援を行っている。転職後1年以内の離職率を44%から9%に引き下げるなど実績を残している。