■「もうけ優先主義」に苦しむ

 だが転職半年後、恵美さんは心身共に疲れ果てた毎日を過ごしていた。

 仕事内容は、朝から晩までの入会を促す電話勧誘ばかり。半年前まで高齢者の背中を優しくさすっていた恵美さんは、老後の独り身の不安をいたずらにあおる方法による勧誘を強いられていた。

「出会い系サイトに負けるな! 会員獲得目標の必達を!」

 ゲキを飛ばす社長はまだ33歳と若く、この会社は、社長が学生時代に起業したパーティーのイベント会社が原点となっているという。急成長している理由は、「男性会員は医師や弁護士などの高収入者が中心」というターゲット設定。もっとも、その肩書は登録者本人からの自己申告であり、証明書類の提示も求めていないのが実情であった。

 そんななか、ある女性会員が、登録されていた男性とYOU・逢社を訴えるという事態が起きた。登録時に男性会員の申告した「弁護士で高収入」という情報が虚偽だったというのだ。

 実際に、彼女に男性会員を紹介したのは恵美さん。男性会員の情報が虚偽だったことを事前に知っていたわけではないが、会社の「もうけ主義」のために不正に加担してしまったと自らを責めていた。

 しばらくすると、突然、人事部から産業医との面談を受けるように指示された。産業医とは、会社の社員の心身の健康を維持するために会社が契約した医師であり、経営者に対して必要な助言を行う役割がある。

■休職をささやく産業医の巧みな誘導

 裁判ざたも重なり、疲れていたという自覚はあったので、恵美さんは会社の言う通り、産業医と面談に臨んだ。その席で、恵美さんは正直な思いを口にした。

「先生だけにはお話します。私はこの会社の強引な商売の方法には納得できないのです。どんな出会いもどんな別れも、人為的に操作することなく、自然な成り行きに任せ、社員は会員様に寄り添うべきではないでしょうか。私の前職ではそうでした。こんな勧誘は、私にはもうできそうにありません」

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産業医は「民間企業での勤務は難しい」