地下生活者たちは、こう口をそろえる。「3月以降、アパート近くの通りには味方の戦車がたくさんいた。戦闘機も飛び、砲弾が家々を破壊していた。ガリーナさんたちは、それをものともせず、車で水のボトルや、パン、お年寄り用おむつなどを運んできてくれたのです」
「ガリーナさんは、スメーラヤ・ジェンシナ(ロシア語で「女傑」)ですね」と筆者が言うと、「勇敢という言葉しか浮かびません」という答えが地下生活者たちから返ってきた。
地下生活者の一人が「自慢の部屋をお見せしたい」と言った。ドアを開けると、10畳ほどの部屋の真ん中に、白い便器が一つ。「ボランティアの支援で、6月、地下にトイレの部屋ができたのです」。それまで、バケツや、たらいで用を足していたのだという。
ハルキウ市は夏までには、激しい戦闘がやみ、市外に逃げていた人々が戻り始めた。人口は、もともといた200万のうち、130万人程度にまで回復している。しかし、今もレストランや商店の多くが閉まったままで、夜は街灯がともらず、街は真っ暗だ。ナイトライフもある程度ある首都キーウに比べ、街の活気は一層少ない。
今、ガリーナさんが力を入れるのは、ロシアとの国境に近い町からの住民避難だ。ロシアが毎日砲撃し、水道・電気などのインフラが破壊されつくされている。ハルキウから約100キロの鉄道輸送の要衝の町、クピャンスク市などに夫のセルゲイさんが防弾チョッキを着て出向き、住民をハルキウに輸送している。戦争で国も市も予算も足りず、住民の命を守る活動は、実質ボランティア団体がになっている。ガリーナさんによると、ハルキウだけで、その数は数百にのぼるという。
筆者は「ボランティア68」のオフィスを訪ねた。パンを詰めた段ボール約30個が次々運び込まれた。西側からの支援物資だ。もと教室のオフィスフロアには、車いす、お年寄り用紙おむつ、セーターなどが所せましと並ぶ。ここには数十人のボランティアが詰め、物資の仕分けや住民からの要望の電話の応対に当たる。ガリーナさんは「今、とにかく資金が不足しています。西側の関心が薄れ、支援も減っているんです」と話す。