当時はこのビラを見て台湾に亡命する人民もいただけに、中国の人民解放軍は、民衆がビラを拾ってしまう前に、今回の米国のように撃墜していたという。台湾では1990年代まで作戦用の気球を生産していたらしい。

 一方、中国も次第に気球の効用に注目するようになり、2000年の台湾総統選では10個前後の気球を台湾へ飛ばしたという記録が残っている。これも宣伝目的だったとみられる。

 米国の調査によれば、今回、米国上空を横切った末に撃墜された気球の出発点は中国最南端の島、海南島だったとみられる。

 海南島はリゾート地として知られているが、「軍事の島」としても軍事関係者からは注目されている。特に海南島配備の潜水艦部隊は南シナ海・東シナ海など米海軍とも接触するセンシティブな海域を受け持っている最重要戦力として位置付けられている。気球基地も2010年代半ばに建設されたといわれる。

 一方、気球作戦の運営を担っているのは人民解放軍の戦略支援部隊ではないか、という観測が広がっている。習近平・国家主席の肝いりで設けられた部隊で、スパイ戦・宇宙戦・認知戦などテクノロジーを用いた「グレーゾーン」の戦争を担っているとされ、世界の情報機関も注目している。名称こそ「支援」だが、実際にやっていることは「支援」どころか現在の国際軍事戦略の最先端をいくものだ。

 今回、気球は海南島を出発して、台湾南部をかすめながら、グアム方面に飛行していくルートをとっていたようだ。本来、偏西風に乗っていればそのまま平行に西へ移動して南半球に向かうか、途中で南太平洋あたりをさまようことになるので、北半球にある米国本土に到達することはなかった。

 しかし、気流の不安定な状況に遭遇し、予定外の北向きルートになってしまったといわれる。気球との通信状況は維持できていて多少のかじ取りはできても、基本的に推進は風任せのところが大きく、風に逆らって逆方向に飛ぶことはできない。中国にとっては最も望ましくない方向に飛んでいってしまった形である。その意味では、中国が「偶発的」と説明していることはウソではない。

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中国の「気象用」という説明もウソではない